第23話 お好み焼きとアルコールの苦手な後輩

「ちょっと雄一を迎えに行ってくる」


 キャベツの切り方で分けた2種類の生地を寝かせ、後は香と雄一を待って焼くだけの状態にした後、丁度雄一から、そろそろ向かうので迎えに来て欲しいとの連絡があった。


「香が来るかもしれないから留守番頼んでいいかな?」

「はい。任せてください」

「あと、一応渡しとくよ」


 デスクの引き出しから合鍵を取り出して美園に渡す。万が一外に出る必要があったとして、美園の性格では僕の家に鍵をかけず外に出る事は出来ないだろうし。


「え。あの」

「もし外に出る必要があったら使って。今日の帰りに返してくれればいいから」

「あ、わかりました。お預かりしますね」


 突然鍵を渡されて混乱していた美園に説明すると、彼女は小さな鍵を両手で大事そうに抱えた。


「じゃ、行ってくる」

「はい。行ってらっしゃい」


 何故か少し照れたような美園に見送られ、僕は部屋を後にした。



「康太さんのアパートと同じだったんすね。知ってれば一人で来られたんすけどねー」


 アパートまで連れてきた雄一は、短髪の頭を掻きながら少し申し訳なさそうに言った。


「聞かなかったのは僕だし気にすんなよ。大した手間でも無かったし」


 実際雄一を迎えに行ったのは、ドクのバイトするコンビニで、僕の家からは歩いて2分かからないので、本当に大した手間ではない。少し待ったのを含めても10分も使っていないだろう。


「ほら入れ入れ」

「お邪魔しまっす」


 玄関から雄一を上がらせ、キッチンから部屋への扉を開いて中へ通す。


「お疲れっす」

「雄一おつー」

「こんばんは、雄一君」


 中から聞こえるのは二人分の声。僕が雄一を迎えに行った10分程の間で、香も既に到着していたようだ。


「マッキーお疲れ」

「お疲れさん」

「おかえりなさい。牧村先輩」

「ただいま、美園」


 続いて僕がドアをくぐって香と美園に挨拶をすると、先に入った雄一が驚いたようにこちらを振り返っている。


「え。なんすかそのやり取り」

「何が?」

「雄一。いいからほっといて」

「はあ? まあ香さんがそう言うならそうしますけど……」


 何やら不承不承といった様子でテーブルに着く雄一だが、香が買ってきた酒類を見てそんなものは吹き飛んでしまったようだ。


「マッキーさん早く焼きましょうよ。焼かないと乾杯も出来ないし」

「生地出してくるからちょっと待ってろ。ホットプレートの準備頼む」


 冷蔵庫からキャベツの切り方で2種類に分けた生地――みじん切りと千切り――を取り出し、各自の好みで追加できるようにいくつかのトッピングも用意した。

 因みに、トッピングが余ったら全部雄一に押し付けるつもりでいた。



「はい、それじゃあ。第59期の第2ステージ担当として、仲良くきっちり仕事していきましょう。乾杯!」

「「乾杯」」「かんぱーい!」


 全員分のお好み焼きが焼き上がると、担当長である香の音頭で乾杯に移る。アルコールが得意でないという美園はオレンジジュースで、それ以外の三人はビールを注いだ紙コップを合わせて、最初の一口を飲んだ。と思ったら二人程飲み干した。


「おい、香はともかく雄一は大丈夫か?」

「大丈夫っす。俺あんまり酔わないんで」

「ならいいけど、香のペースにだけは付き合うなよ」

「どういう意味よ」


 雄一は以前結構酔ってなかったか? と呆れて見ていると、香は既に二杯目を美園に注がせているし、その缶を受け取ると、そのまま雄一のコップにも二杯目を注いだ。

 テーブルの席順は、窓を背にした香から時計回りで僕、雄一、美園と並んでいる為、香が正面の雄一のコップに注ぐにはそれなりに乗り出さなければならない。こぼさないで欲しいので、次からは僕が注ごうと思う。


「二人とも文実はもう慣れた?」

「完璧っすよ」

「はい。先輩方やお友達も良くしてくれるので楽しいです」

「なら良かった。これから大変になるけど、一緒に頑張ろうね」


 雄一も美園も、楽しそうに笑ってそう答えた。香はその言葉を聞いてから僕の方を見て、満足げに頷いた。同じことを僕も返した。後輩が楽しそうにしてくれるというのは、先輩冥利に尽きる。去年の先輩達もこうだったのだろうか。


 そのまま文実についてのあれこれを話している内に、誰と誰が付き合っているという話題に移行し始めていた。

 それ程大きくないプレートで四枚同時に焼いたため、一枚のサイズは小さく、皆1枚目を食べ終わったので、テーブルの真ん中には再びホットプレートが鎮座し、小さな四枚を熱している。


「え!? 香さんてジンさんと付き合ってるんすか?」

「そうだよー」


 雄一も知らなかったとなると、この話本当に知られてないんだな。驚いた雄一を、かつて同じ思いをした美園がニコニコと見ている。


「いや~、ジンさん羨ましいっすね」

「お、上手いね雄一。いいよーそういうの?」

「どの辺が羨ましいんだ?」

「俺、こう見えて尻に敷かれたいタイプなんすよ」

「あー」


 雄一は香がタイプなのかと思って聞いてみると、中々面白い答えが返って来た。


「ちょっと! 私尽くすタイプだからね!」

「またまたぁ」


 心外だと言わんばかりに、香は自分がそうではないと主張するが、雄一はそれを完全に冗談だと思っている。普段の香と頼りなさげなジンを見ていれば、間違いなく雄一の感想が正しい。しかし――


「私も香さんは尽くすタイプだと思います」


 香の援護射撃をしたのは意外にも美園だった。まあ美園は焼肉でジンの世話を焼く香を見ているし、接した時間も雄一よりは長いので、ちゃんと香の事がわかっているのかもしれない。


「美園はいい子だねー」

「わっ」


 香は右手を伸ばして美園の頭を撫でた。美園はびっくりしてくすぐったそうにしている。羨ましい。


「何がだ?」

「マッキーさんどうしました?」


 意識せずぽそりと口から漏れた言葉は雄一にだけ聞こえたようで、不思議そうに僕を見ている。


「いやなんでも。後、一応香はほんとに、意外だろうけど尽くすタイプだよ」

「マジっすか?」

「一応とか意外とか失礼な言葉が聞こえた気もするけど、わかればいいよ」


 実際は尽くすのも尻に敷くのも両方事実だが、それは言うと面倒なので黙っておく。


「はー。それでも羨ましい……マッキーさんは彼女いるとか言わないですよね?」


 雄一が縋るような目つきで、お好み焼きをひっくり返した僕を見ている。


「いると思うか?」

「思いません! でもさっき、もしからしたらって思ったんで」

「もしかしたらってなんだよ。ん、さっきって?」

「いやー」


 雄一は何故か僕から視線を逸らし、左にいる美園の方へと移した。

 視線を向けられた美園は、気まずそうな顔をしている。香は雄一に何か目配せをした後で、そんな様子をニヤニヤと見ている。


「えっと……」


 僕と目が合った美園は、テーブルの上の紙コップに手を伸ばし――


「あ! それ私の!」

「!」


 香のコップにはビールが残っていた。


「吐いて」


 慌てて美園の横まで行って、紙コップを差し出すが、美園はふるふると首を振って、涙目になりながらも口の中のビールを飲み下した。


「大丈夫か? ほら水」


 とりあえず香が買ってきた水割り用の水を飲ませるが、飲んだ量はビールを一口なので、今のところは何も問題無いように見える。


「ありがとうございます。すみません、ご迷惑をおかけして」

「いいって。気にするなよ」

「香さんもすみません。勝手に飲んでしまって」

「そんなのは全然いいよ。それより大丈夫?」

「はい。ありがとうございます」


 美園はアルコールが苦手と言っていたので、全くダメという訳では無いのだろう。良くない状況にはならなそうで本当に安心した。香がウィスキーを飲んで無くて本当に良かった。


「それよりも、お好み焼き見てないと焦げちゃいますよ」

「わかった」


 苦笑して頷き、僕はホットプレートの監視に戻った。



「美園、そろそろ――」


 皆が二枚目を食べ終わり、そろそろデザートの時間かなと思い、美園に声をかけてみると、彼女はうつらうつらといった様子で頭を揺らしていた。

 時刻はまだ20時前、大学生が眠くなるにはだいぶ早い時間だ。先ほど間違って飲んだビールの影響もあるのだろう。


「大丈夫っすかね?」

「顔色も悪くないし、とりあえず寝かせようか」


 どこに? と言うのは聞くまでもない。僕の部屋にソファーは無い。


「マッキーの事だから大丈夫だと思うけど、布団ちゃんとキレイ?」

「昨日干したから、多分……」


 大丈夫なはずだ。そうであって欲しい。


「じゃあ運ぶよ。マッキー上半身ね」


 ベッドの掛布団をめくった香が、僕に指示を出す。出してくれるといった方が正しい。


「了解」


 初めて触れた美園の華奢な体は、それでいて柔らかかった。

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