第4話 壁役先輩と男の園への誘い
「よおマキ。飲んでるか?」
「ぼちぼちな」
引き続き後輩女子二人と話をしていると、サネが僕の肩を叩いて来た。サネはそのまま二人の後輩に顔を向けて声をかけた。
「二人とも出展だっけ?俺
「最後のは無視していいよ」
「宮島志保です」
「君岡美園です」
後輩たちは僕の言うことを素直に聞いたのか、名前だけの自己紹介で応えた。いきなりのサネの振りに困ったというのが実情だろう。
「マキお前……まあいいや。こいつちょっと借りていい?」
「何故僕に聞かない?」
完全に僕を無視して話を進めるサネを軽く睨んでやる。実際のところ、現在の僕は美園の壁役なので出来ればここから動きたくない。
「お前だけ両手に花だから邪魔しに来た。よってお前の意見は聞かないものとする」
「それなら康太のとこ行け」
副委員長の康太は今も、本人が意図してやっている訳では無いが、後輩女子を吸引し続けている。
「あそこに突っ込むの怖いじゃん」
「確かに」
「という事で来い、マキ」
「ええ」
サネに腕を掴まれながらも志保と美園を見ると、特に美園が不安そうな顔をしている。壁が無くなれば先程の二の舞になりかねないのだから当然だ。この状況でサネと一緒に行く訳にはいかない。
「悪いけど――」
「マッキーどっか行くの?じゃあその子たち借りていい?」
サネの誘いを断ろうとした僕に、救いの手は差し伸べられた。
「あ、私
そう言って、女子で形成された集団の中から香が志保と美園に手招きをしている。
「見た事あるでしょ?あれ出展の先輩だから行ってくるといいよ。僕はこのバカに付き合ってくるから」
「バカとはなんだ。バカとは」
「そうですね。じゃあ行ってきます。行こ、美園」
「うん。牧村先輩ありがとうございました。それではまた」
「ああ」
軽く手を振る志保と、またもや上品に会釈をする美園に、ひらひらと手を振り見送る。
「頼むな」という視線を香に送ると、「任せろ」と言わんばかりのサムズアップが返って来て大変頼もしい。
「じゃあお前はこっちな」
「はいはい」
サネに腕を引かれた先はやはり男だけの集まりだった。サネ以外は全員1年男子でその数は5人。
「お待たせ。こいつ2年の牧村。マッキーでいいよ」
「それは僕が言うところじゃないか?」
「まあいいだろ。はい、せーの」
「「「「「マッキー」さん」」」」
5人の後輩たちは、サネに群がるだけあってノリのいい連中だったが、「さん」をつけなかったのはどいつだ。
「俺、
話しかけてきた短髪の後輩は同じ出展企画所属で、ちゃんと覚えている。学科が同じという事もあるが、最初の説明会の時に酒を求めて周囲を笑わせた奴だ。サネに似ているタイプだなと思ったが、案の定波長が合ったようだ。
「過去問はいいけど教科書はダメだ。悪いな」
「あざっす。教科書はダメ元だったんで気にせんでください」
「言ったろ?マキは教科書とっとくタイプだって」
僕は高校の教科書でさえ数学化学生物は捨てずにとってあるし、一人暮らしの部屋に持ってきている。僕の部屋に何度も来ているサネは当然知っている話だ。
「ところでマッキーさん。さっき君岡さんと話してましたよね?」
「どんな話をしてたんですか?」
別の後輩二人――確か二人とも委員会企画に行ったと記憶している――が食い気味で質問をしてきた。やはり美園は今年の1年の人気No.1のようだ、可愛いし気持ちは大いにわかる。
「大した話じゃないよ。同じグループの宮島さんと話してたら、君岡さんが困ってたのが見えてさ、宮島さんがこっちに呼びたいって言ったから来てもらっただけだし。話の中身も一人暮らしがどうとか、そのくらいかな」
それ以上を話す前にサネに呼ばれたからな。
「彼氏いるって言ってましたか?」
「聞いてないな。宮島さんはいるみたいだけど」
「宮島さん彼氏いるのか……」
別の後輩が残念そうに呟いた、こちらは志保狙いだったようだ。
◇
それから1時間、結局僕はサネ軍団に捕まったまま男子トークに花を咲かせた。きっと変な色の花だと思う。
7人全員が現在フリー――サネは高校時代に彼女がいたらしいが、僕に至っては生涯フリーだ――なので、大体が彼女欲しいなーという話に行きつくだけだった。
トイレに行ってくると言って中座したが、合宿所2階の広間から1階に降りる途中の踊り場で、抜け出した男女に出会ってしまい気まずい思いをした。見覚えが無いので両方とも1年なのだが、そこは良く人が通る場所だ、覚えておいた上で僕が用を済ますまでにどいてくれ。
戻りの階段の踊り場にも人影があったが、行きと違うのはその数だ。
「よう」
「よう。どうしたサネ?」
「とりあえずここだと人来るかもしれんし、ちょっと場所移すか」
サネはどうやら僕に話があるようで、1階のキッチンスペースを指差した。
「で、どうした?」
「いや、悪かったなと思ってさ」
「別に気にしてないよ。男同士も悪くないからな。変な意味じゃないぞ」
「わかってるよ」
後輩女子二人と話していた僕を引っ張って来た事への謝罪なのはなんとなくわかった。最初は確かに困りはしたが、ちょうどいいタイミングで香が助け船を出してくれた事で、僕もサネの意図と仕込みに気付いていた。
「あの二人、特に美園を女子のほうに入れてやりたかったんだろ?で香に協力してもらったと」
「まあな。だけど協力したのは俺の方な。発案は香姐さんだ」
「そうか、流石姐さんだな」
本人は否定するが香は完全な姉御肌で、当人がいないところではこうやって姐さんと呼んでいる男が多い。女子集団は男よりも面倒――らしい――なので、他の女子にから見れば良くない方向で注目を集めてしまった美園が少し心配ではあったが、香に任せておけば大丈夫だろう。
「しかしマキ。もう名前で呼び捨てか? お前にしては手が早いな」
「手は出してねーよ」
◇
サネと一緒に戻ってから、ドクのところに行って弄ったり、サネのところに戻ってバカ話をしたりという内に割とすぐに時間は過ぎて行った。
時折香たちの集団を見るが、美園と志保も笑いながら輪に入れている。やはり香に任せたのは正解だった。
僕が何度も視線をやるせいではあるが、美園とよく目が合う。その度に微笑んでくれるので、顔が熱くなっていつもよりアルコールを控えた。
そしてスタートから2時間が経過し、新入生歓迎会は終了になる。といっても終わるのはあくまで一次会、場所を移しての二次会や場合によっては三次会すらある。
委員長の締めの挨拶が終わると、片づけが残っているコンパ担当以外は、皆まばらに合宿所を出ていく。
二次会の選択肢としては、カラオケか誰かの家で飲みなおしがある。一次会の最中から2年生は二次会の話題を出していたので、誰について行くか決めている1年生もそこそこいるようだ。
僕はと言えば、サネの家での二次会に誘われたが、明日は珍しく午前からバイトなので断った。それにサネの家の二次会は男しかいないし。
「牧村先輩」
呼ばれて振り返ると、今のところ僕を牧村先輩と呼ぶ唯一の後輩、美園がいた。その更に後方では志保が香たちの集団と何やら話しているので、美園は僕を見つけてそこから抜けて来たようだ。
「牧村先輩は二次会どうされるんですか?」
「僕は明日バイトだから帰るつもりでいるよ」
「そうなんですか。あ!私も帰るところなので途中までご一緒していいですか?」
「それはいいけど、あっちの二次会はいいの?」
「はい。しーちゃんはバスの時間があって二次会には出られなさそうなので、私も帰ろうかなと」
「土曜だもんな」
田舎なので土曜の最終バスは22時台、現在時刻は20時半過ぎ、これから移動して二次会を楽しむには余裕の無い時間だ。
「美園は歩き?家はバス停の方向?」
「はいバス停の方で、正門から歩いて5分くらいです」
「じゃあ僕と同じ方向だ。志保をバス停まで送って、そのまま途中まで送るよ」
「いいんですか? じゃあ、ありがたくお願いしちゃいますね」
大学から少し離れれば街灯の本数も減るので、歩いて5分なら本当は家まで送りたいところだ。だけど美園だって「ありがたく」とは言っても今日初めて話した男に家まで着いて来てほしくは無いだろう。
ぱっと顔を輝かせる美園からは、本当に光でも出ているかのように眩しかった。
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