第3話 新入生歓迎会とモテる後輩
「2年の
僕は人に積極的に話しかけるのは苦手だが、別に人嫌いではないし、コミュ障でもない、と自分では思っている。場が整っていたり、自分の役割があったりすれば――バイトのウェイターなどはこれにあたる――よく知らない誰かであっても話すことは苦ではない。だから、半分近くを知らないこのグループの中でも自己紹介程度なら困らない。
今は第2回全体会の翌日の土曜の夜、文実の新入生歓迎会が開かれている。大学内の合宿所を使って、魔法の水や魔法の麦茶――もちろんソフトドリンクもある――を用いて親睦を図るイベントだ。
昨日は部ごと分かれて自己紹介をしたが、今日は所属部関係無しにくじ引きで決められたグループごとでの自己紹介だ。去年の経験で言えば、30分も経つ頃にはグループ関係無しの全員ごちゃ混ぜへと移行するだろう。
「あの。牧村さん、ですよね?」
「ああそうだよ。宮島さんでよかったよね?」
乾杯から15分程過ぎた頃、話しかけてきたのは出展担当に入った1年生、今日同じグループになった
「あ、志保でいいですよ。私もマッキーさんでいいですか?」
「ああ、いいよ。ソフトドリンク貰って来ようか?」
僕が見ていた限り、志保は乾杯してから本当にちびちびしか飲んでいないし、手に持つ紙コップにはまだ魔法の水が残っている。こういうのが気になるようになったのは、ファミレスのホールでバイトをしているからだろう。
「大丈夫です、ありがとうございます。それにしても段々グループが崩れてきましたね」
「そうだね、まあ毎回の事だよ」
言われて周囲を見渡してみると、確かに最初にあったグループの輪が崩れて、人が固まっているポイントが出来てきている。
内一つの中心にサネがいた。女の子の後輩と絡みたがっていたくせに周囲にいるのは男の後輩だけ。だというのに本人は満足そうにおどけている、流石三枚目系ムードメーカー。
別の中心にはドクがいる。こっちの方は女の子の後輩もいるようだ。
人畜無害系口下手のドクは、大学から一番近いコンビニという、弄ってくださいと言わんばかりの場所でバイトをしているせいもあり、恐らく今も後輩含め全方位から弄られている。
そして一番大きな集団は――
「あそこ凄いですね」
「康太のとこね」
僕たちの視線の先では、我が文実の副委員長、
「副委員長モテまくってますねぇ」
「むしろモテない要素が無い」
感嘆の声を上げる志保に、僕は苦笑して応じた。
「モテると言えばあっちも」
「ん?」
志保の視線を追うと、そちらでも小集団が出来上がっていた。男ばかりの中心に、少しだけ困った様な表情の後輩がいた。あれは君岡さんだ、あの子可愛いしそりゃそうなるよなあ。
ここで颯爽と助け出す、というのは僕には無理だし、仮にやったとしたら彼女が余計に注目を集めてもっと困らせてしまうかもしれない。どうしたものかと考えていると、志保の方から提案があった。
「こっちに呼んでもいいですか?同じ学科で友達なんです」
「困ってるみたいだし賛成。トラブったりはしないだろうから呼んであげて」
あそこにいる1年男子の事はわからないが、2年男子の方は当然全員知っている。君岡さんを引き抜かれて残念がりこそするだろうが、嫌な顔をする奴はいないはずだ、そもそも文実にそんな奴はまずいないのだけど。
「ありがとうございます。美園、ちょっとこっち来てー」
志保に呼ばれた彼女はパッと笑顔を浮かべ、「友達に呼ばれたので行ってきます」と周囲の男連中に断りを入れてこちらに歩いて来た。志保は「こっちこっち」と手招きして、僕から少し離れた、何故?
「ありがとうしーちゃん」
そう言った君岡さんに、志保は空けたスペース、僕の隣を勧めた。
「あの、失礼します。牧村先輩」
君岡さんは遠慮がちにそう言って、スカートを抑えながら僕の隣に座った。いきなり隣に来るとは思っていなかったので、内心キョドっていた。
「ああ、どうぞどうぞ。君岡さん、だよね?」
「はい。覚えていてくださったんですね」
「君に興味があったので名前覚えてました」感を出来るだけ消して呼びかけると、彼女は嬉しそうに笑った。
君岡さんが元いたところに目をやると、男集団は残念そうな顔でこちらを窺っていたが、友達に呼ばれた彼女を追いかけて来る空気の読めない奴はやはりいないようだ。志保が自分と僕の間に君岡さんを座らせたのは、もし追いかけて来る奴がいた時の為だったのかとここに至って気付いた。
僕でよければいくらでも壁に使ってくれ。
「この子大学デビューだからああいうの慣れてないんですよ」
「ちょっとしーちゃん」
「へえ。二人は高校からの付き合い?」
少し慌てている君岡さんが大学デビューというのは割と意外だったが、知っているという事は志保とは以前から付き合いがあったのだろうかと思う。
「いえ大学からです」
「大学からですね」
「あ、そうなんだ」
僕の予想はあっさり外れた。
「私は県内で美園は県外から来てます」
「牧村先輩は県内からですか?」
「僕は県外だよ。一人暮らししてる。志保は実家?」
会話が途切れてしまうと、僕からもう一度話しかけるハードルは高い。会話が途切れないように質問を返したが、反応したのは志保ではなく、君岡さんが「しほ」とポソリと呟いた
「あー。私は実家ですけど美園は一人暮らしです。ね?」
「うん」
「ああ、君岡さん県外だもんね。一人暮らしはもう慣れた?」
「きみおかさん……」
またポソリと呟いて今度は会話が途切れてしまった。何か地雷を踏んだだろうか。
助けを求めて志保に視線をやると、「あーあ」とでも言いたげな表情で僕を見ていたが、助け船自体は出してくれるようだ。
「ほらマッキーさん。私が『志保』で、美園が『君岡さん』じゃ仲間外れみたいでかわいそうじゃないですか。だから『美園』って呼んであげてくださいよ」
「しーちゃん……」
「ええっと」
「しーちゃん」と言った君岡さんの表情からして、嫌な提案をされたという訳では無さそうだ。というか期待に満ちた目で僕を見ている。
文実において、お互いの呼び名は大体の場合、名前呼びかあだ名呼びだ。僕で言えばあまり接点の無い何人かは牧村君と呼ぶが、基本はマッキーと呼ばれる。
僕の側からも、同級生女子であだ名がついていない子に対しては名前呼びなので、慣れているはずなのだがこうも期待されると照れ臭い。
「じゃあ……み、美園」
「はい!」
緊張してどもったが、君岡さんもとい美園は喜色満面で返事をしてくれた。
「なんか私の時より意識してましたね」
ニヤニヤとからかう志保だが、それに対しては理由がある。
「彼氏持ちとそうじゃない子だと多少気の持ち方が違うんだよ」
「そんなもんですかね」
「そんなもんだよ」
志保は自分の右手を持ち上げ、薬指の指輪を見ながらそう言った。
彼氏持ちであれば、現時点でお互いに恋愛対象ではないのだから、変に気取る必要はない。そうまで思って僕は失言に気付いた。
「でもそれって――」
「あ。じゃあ僕の事もマッキーとかでいいから」
自意識過剰かもしれないが、まるで「美園の事は意識しています」と宣言してしまったような気がしたからだ。何か言おうとした志保を遮って慌てて話題転換を図る。
「ありがとうございます」
逸らした先の美園は恐らく気付いておらず、普通の可愛い笑顔で応じた。
「でもしばらくは牧村先輩のままでいいですか?」
あれ? 仲間外れ云々はどこ行った?
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