第11話「それぞれのコトバ」
「そっか。なかなか難しいなぁ」
ひと通り説明し終えたところで、中島が呟く。
「なにか意見が欲しいとか、そういうわけではないんだけど、ただ、誰かに聞いてもらいたくなって」
普段なら学校で誰とも話さなくても平気だし――ディベート部は週二なので、部活のない日は丸一日ほぼ口を開かずに帰宅することも珍しくはない――、休日も家族と最低限の言葉しか交わさなくても寂しいなどと感じることはない。
傍に誰かいないと飯を食ったり映画を観に行ったりすることも躊躇するような、上っ面の社交性をシェアすることに必死になる軽薄なクラスメイトたちのような思考回路を愚かだと思っているくせに、たいして変わらないじゃん。自らの口からこぼれた弱々しい言葉に、俺は俺という人間の未熟さを痛感する。
「俺さ、ボランティア行ったんだよね」
少しの間をはさみ、中島が言った。
「えっ? ボランティア?」
予想だにしない返答に、思わず声が裏返る。
「うん。
「障害者施設? なんでまた」
「社会勉強になるかなと思ってね。将来医者になれたら、障害持ってる人の手術とかする機会もあるかもしれないし、今のうちからふれておきたいなと」
「真面目だなぁ、やっぱ」
彼の家系は代々医者なので、息子も当然その方面に進むだろうと両親は考えているらしい。
「俺が行った施設は身体障害者と知的障害者が利用対象で、アキん家のおばさんみたいな精神障害の人はいなかったから分からないけど」
少しの間、中島が言葉を探る。
「なんて言うのかな……障害持った人って、俺たち健常者では知り得ない苦労をたくさんしているのかもしれないと思ったんだよね」
「まあ、歩けなくて車椅子の人とかは大変だよな」
身体障害者はなんとなく分かるが、知的障害者というカテゴリーは今ひとつピンとこなかった。
「そうだね。そういう物理的なハンディキャップはもちろんだけど、マイノリティー特有の生きづらさが大きいような気がしたよ」
「マイノリティー特有?」
「うん。たとえばそうだな……利用者さんたちと一緒にイオンのフードコートに行ってご飯食べたことがあって。そこで、重度の知的障害、分かりやすく言うと普通の人より知能がだいぶ低い男の人だね。その利用者さんが、興奮して大声出したり立ち上がって手叩いたりしていたら、後ろで食べてた人に“うるせえ! 出て行け!” って怒鳴り付けられちゃって。周りのお客さんたちも、白い目で見ながらひそひそ言ってた」
「へぇー」
「確かに迷惑だよな。公共の場でそんなうるさくされたら。子どもならともかく、四十過ぎた中年男性が騒いでたら、まあ普通は頭おかしいって思うよな」
「四十過ぎ!?」
「ああ。施設には十代から七十代の方まで幅広くいるんだけど、その知的障害の方は四十代。でもさ、その人は俺らみたいに言葉を喋れないから、そういうふうに叫んだり手叩いたりすることでしか自分の気持ちを伝えられないんだよね。だから、久しぶりに外食できて嬉しい! っていう感情を自分なりの方法で表に出しただけだと思うんだ。そんな表現方法はもちろんマイノリティーだけど、でも彼にとってはそれが普通なんだよな」
中島の声音が、若干の愁いを帯びているのが伝わる。
「俺は部外者だからいっときのことだったけど、それでもあの場にいて気まずさとか悔しさとか虚しさとか、色んな感情が湧いてきた。その人は普段自宅で七十代の母親が面倒みていて、母親はいつもそういう思いしているのかな、息子が周りの人たちに迷惑かけて邪魔者扱いされてそのたびに頭下げているのかなって考えると、なんか身につまされるようで」
「そういう人もいるんだな」
「俺も全然知らなかったら、最初会ったときは衝撃だったけどね。だってさ、いい年した大人が普段ずっと、大声出しながら百個以上コレクションしてるフタとか並べて遊んでんだぜ?」
「フタ?」
「ペットボトルとか空き瓶とか、あとマーガリンや海苔缶のフタとかもあったな。とにかくいろんな種類のを大切そうに持ってたよ」
精神年齢が幼稚園児並みなのだろうなと、俺は中島の話からイメージする。
「その人なんかは見た目で障害者だと分かりやすいけど、アキのおばさんはたぶんそうじゃないよな」
「確かに、中島の施設にいる人たちとは全然違うね。喋れるし体も動くし、障害者手帳持ってますって言われても、どこがどう悪いの? って感じ。それなのに風呂さえたまにしか入らないで、通院以外はダラダラ部屋に籠って家の金遣ってるおばちゃんがやっぱり嫌だよ俺」
俺の本音が、沈黙を呼び寄せた。夜風がひゅうっと頬にしみる。
「うん。俺がアキの立場でもそう感じるかもしれない」
落ち着いた口調で、俺の感情に同意する。
「施設で一週間ボランティアして、人間ってホントに人それぞれだなってことを一番強く感じたよ。感情表現の仕方も得意不得意も、あるいは何に価値を見いだしているかということも。フタ並べだってそうだよな。ほかの人から見たらただのガラクタでも、その利用者さんにとってはかけがえのない宝物で、それやってるときが一番穏やかな表情してるんだぜ」
確かに、『声と言葉のボクシング』でもそうだ。
リアクションが大きくてキャラが立つリョウエイ、頭の回転が速く、誰よりも冷静に状況を俯瞰できる中島、学校では落ちこぼれだけど、思い切りのよさでは負けない俺。表現の仕方も得意不得意もバラバラな三人だから、俺たち厨時代は地区予選を突破できた。
「おばさんにとっては、社会参加よりも、アキやアキのお母さんへ日ごろの感謝の気持ちを伝えることのほうが大事なのかもしれないな」
「大事……」
「あくまで、俺の想像だけどね」
受話器の向こうで、中島がふっと微笑したような気がする。
「見た目に分かりやすい障害の人も分かりづらい障害の人も、それぞれマイノリティーとしての苦悩があるんだよなきっと。あとはなんて言うかな。社会全体が、障害を持った人たちに対して寛容になれるだけの余裕をあまり持てていないような気がする。みんな、自分のことで一杯なんだよな。俺を含め」
「なるほどな」
「あっ、悪い。なんか、俺の考えを押しつけるみたいになっちゃって。別に、おばさんに対して寛容になれって言ってるわけじゃないから」
「いやいや、そんな。俺のほうから話したんだから、気にしないでくれ。ありがとう、いろいろ話してくれて」
先月の学祭で行われた『詩のボクシング大会』(『声と言葉のボクシング』とほぼ同じだが、正式名称はこちらだ。団体戦などの大会では、親しみやすさが出るよう『声と言葉のボクシング』と称されることもある)ではその気もないのに見事優勝し、ディベート部では先輩顔負けの活躍ぶりを見せる聡明な中島に、普段の俺は少なからず嫉妬や劣等感を覚えていた。
今日は、でもそういった負の感情は発動しない。彼の真摯な
「アキは、アキの思うとおりにすればいいんじゃないかな」
受話器の向こうで、中島の母さんが風呂あいたわよと呼ぶ声がきこえる。
「俺は、中島みたいには考えられないよ。俺は、そんなに優しくない」
爽やかに笑いながら、表情とマッチしないことを言った。
「そっかそっか」
アキらしいな、という言葉が省略されているように感じる声音だった。
「風呂行ってきなよ。俺も行くから」
「あぁ、聞こえてた? じゃ、また学校でな」
「うん。また」
そろそろ行かないと風邪を引くぞという
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