第8話「クサいやつら」

 シャッフル再生で何曲か聴き、斉藤和義さいとうかずよしの『Don't cry baby』が終わったところで停止ボタンを押す。


 二十一時二分。そろそろ湯浴ゆあみに出かけようと思い、体を起こす。

 制服を脱いで部屋着に着替え、寝間着とマイ入浴セット(バスタオル・垢すり・ビオレの洗顔料・ヘアブラシ)を百均のビニールバッグに入れた。


 掃除好きのばあちゃんが亡くなってから、家の中は乱れた。

 ゴミ屋敷とまではいかないが、次第に溜まっていく犬用品やら食べかけのペットフード缶やらが散乱し、キッチンには食器が何日も溜まり放題で、たまに片付けた後も生臭さが残っていた。

 風呂場にいたってはすっかりカビてしまいとても使える状態でないため、入浴はもっぱら銭湯だ。

 歩いて五百メートルほどの場所にある“不動湯ふどうゆ”の入浴料は、一回三百円。もともと安いほうだが、三千円先払いすれば十二枚つづりの入浴券を購入できるのでさらにお得だ。ちなみに、母さんは節約のために二日に一度しか通っていないが、別に変な臭いはしない(以前、俺も一日おきでいいと提案したが、子どもが遠慮なんかするもんじゃないと秒で却下された)。


 ビニールバッグを持って一階に降り、おそるおそるリビングダイニングを覗いてみる。

 母さんは、ソファーに転がって眠っていた。小さくいびきをかいており、しばらくは起きなそうだ。テーブルの傍でマルチーズとラテが呑気にじゃれあっている。

 いったん退室し、反対側の母さんの部屋に入る。長年の使用により色褪せたグレイのブランケットを取り、リビングダイニングに戻って母さんの体にかけた。風邪でも引いてしまったら、犬たちの面倒を見る人がいなくなる。ついでに、テーブルの上にあった開封済みのチキンの缶詰――半分ほど残っている――を床に置くと、揃って嬉々として食べ始めた。


 玄関に出ようとしたところで、カナチャンのことを思い出した。

 キッチンに行くと、さっき俺に峻拒しゅんきょされたものが置いてあった。細長い器の上で、粒あんと白あんときなこのおはぎが礼儀正しく整列している。種類ごとに微妙に大きさが異なるのはたまたまだろう。


 それを見て、この間の俺たちみたいだなとふと思った。

 俺とリョウエイと中島。背格好も性格も学校の成績も全然違う俺たちが、観客に言葉おもいを届けるという気持ちだけを一致させて臨んだ、『声と言葉のボクシング』地区予選。

 どこまでも、言葉ことばの翼で飛んでいけることを知ったあの日。きっと、何十年たっても忘れないだろう。


「この部屋ホントにクセえわ」


 半笑いで呟いたあと、戸棚からタッパーを取り出し、その中におはぎたちを移動した。

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