第5話 バイト先にて

 少し遅くなったので急いで準備をしてバイト先に向かった。

 バイト先は家から自転車で五分ぐらいのところにある牛丼屋だ。

 ちょうどバイトを探しているときに店内に張り紙が張ってあったので深く考えずに決めた。

 

「おはようございます」

「おー伊佐敷くん、おはよう。今混んでるから少し落ち着いたら引き継ぎお願いね」

「はい、わかりました」


 スタッフルームに入ると、ちょうど売り上げをまとめていた店長がいたので挨拶をして着替える。

 とりあえず掃除だったりやってしまうとするか。


「伊佐敷先輩、こんにちは!」

「あ、小見川さんおはよう。今日もよろしくね」

「わたしも掃除手伝いますね! 急いで準備しちゃいます!」

「ゆっくりで大丈夫だよ。こっちはもうすぐ終わりだからね」

「いえいえ、伊佐敷先輩だけに掃除させちゃうなんて悪いですから!」


 パタパタと駆け出して店内に入っていく小見川さん。

 うーん、いい子だ……。

 昨日今日と某駄目教師のせいでまともな人と会話するのが久しぶりに感じる。


 小見川紗希こみかわさきさんはこの時間帯のシフトでよく一緒になる子だ。

 今年から高校生になって社会勉強のためにバイトを始めたらしい。

 学校は違うが、学年が俺の一個下ということで小見川さんからは先輩と呼ばれている。

 仕事も真面目に取り組んでいて愛想も良いのでお客さんからの評判もいい。


「お待たせしました! 手伝いますよー!」

「ありがと、でもこっちは終わっちゃったから補充系済ませちゃおっか」

「あう、了解です……!」


 そんなにゴミ拾いがしたかったのだろうか。まぁ確かにトイレ掃除よりは楽だからなぁ。


 それから引き継ぎなりをして大体七時過ぎくらいから通常業務に入る。

 基本この時間帯は店長かもう一人のバイトさんが厨房を一人で回し、俺や小見川さんがホール担当だ。

 八時前まではお客さんの入りも多く忙しいけど、それ以降は割と暇になってくる。


「ふう、とりあえずピークは終わったな。紗希ちゃんちょっと休憩入っていいよ。お客来たら呼ぶから」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えまして」


 落ち着いたところで店長が小見川さんにそう告げていた。店内のお客は一組だけだし俺と店長の二人で余裕だろう。


「伊佐敷くんも休憩入っちゃっていいからなー」


 俺も在庫チェックなどがひと段落したので厨房の方へ戻ると、店長がそう言ってくれた。


「でもまだお客さんいますし大丈夫ですよ」

「まぁまぁいいからいいから。俺は空気読める男だからさ」

「空気ですか……?」


 なんか今空気読むところあったっけか。


「そうそう大事だぞ。これができないとまぁモテないわけ」

「はぁそうですか」

「というわけで伊佐敷くんも休憩入った入った。あとは俺に任せときな」

「それじゃあ俺もお言葉に甘えて」


 まぁせっかく店長がこう言ってくれてるのだから俺も甘えるとしよう。ピーク時のせいでちょっと疲れたし。


 スタッフルームへ戻るとちょうど小見川さんが自分の水筒だろうか? ほわほわとした表情でお茶を啜っていた。

 なんだろう小見川さんが小柄だというのもあって小動物感あって癒されるな。


「お疲れ様、俺も休憩入らせてもらったよ」

「あ、先輩、お疲れ様です! あ、これおばあちゃんちから届いたお茶なんですけど先輩もどうですか?」

「いいの? じゃあいただこうかな」

「どぞどぞですっ」


 小見川さんは自分の飲んでいたお茶をグイっと飲むと、空にした容器にお茶を入れて渡してくれた。


「じゃあいただきます」

「どぞどぞ、あっ……」

「うん、美味しいよ。あんまりお茶とか詳しくないけど、これはすごい飲みやすくてなんかほっこりするね」


 小見川さんを見ると、なにやら頬が赤くなっていた。きっとこのお茶を飲んで身体が温まっているんだろう。確かに身体の芯を温めてくれそうだしな。


「ふぅ、ご馳走様でした」

「お、お粗末様です……」

「ん、どうかした?」

「い、いえ大丈夫です。なんでもないんで」


 ぱたぱたと手を振り、小見川さんはそそくさと水筒を片付けてしまった。


「そういえば小見川さんはもう高校生活は慣れた?」

「うーん、そうですね。クラスの友達もみんないい人ばかりで毎日楽しいです!」


 にぱっと笑顔で答える小見川さん。

 笑顔がまぶしい。ちょっと俺にはまぶしすぎる。


「それは良かったね。バイトはもう慣れた?」

「はい! 店長も良い人ですし、伊佐敷先輩も優しいんでここでバイトできて良かったですっ」

「店長本当良い人だよね。俺も小見川さんが入ってくれて助かってるよ」


 小見川さんが入ってくれたおかげで俺の負担もだいぶ減ったから助かってる。

 真面目だから仕事覚えるのも早いし。

 仕事できる大人の人は大体昼か深夜にシフト入ってたりするので同世代で仕事できる子がいると気が休まるのもある。


 と、ふと小見川さんの方を見やるとなにやら固まっている。


「小見川さん? おーい?」


 小見川さんの顔の前で手をぶらぶらさせてみるが反応がない。

 何か俺まずいこと言ってしまったのだろうか。


「ハッ!? あ、えと先輩の助けになってるならその、嬉しいです……」

「なってるなってる、ありがとうね」

「ひゃい……」

「盛り上がってるところ悪いけど伊佐敷くん、紗希ちゃんお客来たからよろしくー」

「あ、はい。今行きます」


 どうやら新規のお客が来たようなので休憩を切り上げ、小見川さんとホールへ向かった。

 


「ふぅ、二人ともお疲れ。引継ぎ来たから適当に上がっちゃっていいよ。まかない食べちゃいな」

「お疲れ様です」

「お疲れ様ですっ」


 今日はあれから忙しくなることも特になく、無事にバイト終わりの時間になった。

 途中、店長が「どう? いい感じ?」なんて聞いてきたけどなんのことかわからなかったんで何がです? と答えると肩をぽんぽんと叩かれた。 


「あ、店長、まかないなんですけど持って帰ってもいいですか?」

「うーん。本当は駄目なんだけど、伊佐敷くん頑張ってるし特別にいいよ」

「すみません、ありがとうございます」

「先輩、家で食べるんですか?」


 店長と話していると、着替えを終えた小見川さんが戻ってきた。


「んー、俺が食べるわけじゃないというか」

「あれ? 先輩って確か一人暮らしでしたよね?」


 小見川さんがこてっと首をかしげて聞いてくる。そういえばこの子には一人暮らしのこと言ってたんだっけ。


「そうだね、ちょっと腹すかせた人いてその人にかな」

「もしかして彼女さんとかですか……?」

「いやいや違うよ、全然そんなんじゃないから」

「怪しいです……」

「なんていうか手のかかるペット預かってる感じ」

「ペットですか」

「そうそうペット。しつけがまったくなってないね。お腹すかせてるだろうし持って行ってやろうかと思って」

「それじゃ、わたしの分は先輩食べてください」

「え、小見川さんは食べないの?」

「わたしはその、ダイエット中でして」

「ダイエット?」


 言われて小見川さんを見るが、別にダイエットする必要なんてないくらい細い身体な気がするけど。


「小見川さんにダイエットなんて必要ないような気がするけど」

「そんなことないですよ、最近ちょっと増えてきてしまっているので」

「むしろちょっとくらい増えたほうがいい気がするけど」

「本当ですか!? あ……駄目です、やっぱりちょっと頑張るんです! だから今日のまかないは先輩が持って帰ってください」

「んー、まぁそういうことならありがたく貰っておこうかな」

「それじゃ、わたしはお先に失礼しますね。次のシフトよろしくお願いしますっ」

「うん、まかないありがとうね」


 元気に手を振って駆け出していく小見川さんを見送り、俺もまかないを作って店をでた。

 店を出るとちょうどスマホが鳴ったので開いてみる。するとRINEに新着メッセが来ていたので開くと先生から『お腹すいた死ぬ』という一文が届いていた。


「ふっ、まったくこの人は……」


 本当手のかかるペットみたいな人だなこの人、なんて思いながら家に向かって歩き始めた。


 



 

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残念過ぎる美人教師が俺んちに居候してる件 さくたろう @sakutaro0701

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