第10話 ニートなお姉さんとファッションショー
時刻は16:00。ふむ、悪くない時間だ。
俺は家の扉を開けて中へと入る。
「ただいま」
対して大きい声を出したわけでもないのだが、いつも駆け寄ってくる足音を耳にする。
玄関からリビングは意外と距離がある。良く聞こえるものだな。
感心していると、下から覗き込むように見つめられていた。
「おかえりなさ~い」
「ああ」
「今日は随分と荷物が多いね。何買って来たの?」
「これは今後のために必要になるだろうとな。さっそくやるぞ」
「? なにを?」
顎に指をあて首を傾げる澪。
それに対して俺はふっと笑い、ニヤリと口角を上げた。
「決まっているだろう――――――ファッションショーだ」
◇◇◇
リビングで俺は購入した服が入った袋を並べる。
中身を知っているのはこの中で三袋のみ。それはジュリエットと共に選んで購入したものだ
残りの二つはハッカーとピーチが押し付けてきたものである。
今回はその五セット。あまり買いすぎても困るだろうと言われたのだ。
澪が少し困惑した表情で並べられた服を見ている。
「こ、これ、どうして……?」
「以前外に出てみたいと言っただろう? より外に出る気持ちを高めるためにもまずは形から入ろうと思ってな。ここには澪の部屋着はあっても外出用の服はない。俺ではオシャレというものからは程遠いからな、わかる奴に協力を要請した」
「どれも可愛いし、私もオシャレとか全く分からないよ。でも、嬉しい。嬉しいけど……サイズは?」
「俺くらいになると、見るだけである程度の身体数値は把握できる。心配せずとも澪のサイズに合っているだろう」
俺がそう言うと、澪はなぜか顔を赤らめ両腕で体を隠し、ジト目を向けてきた。
そして一言。
「………………えっち」
解せん。
なぜそのような目を向けられねばならないのか。
しかし、その程度の事でへこたれる俺ではない。
気を取り直して、澪にこの服たちを着てもらおう。
本当に似合うかどうかは来てみないと分からんからな。
澪に一セット持たせて寝室に向かわせる。
やはり嬉しいのは確かなようで、少し跳ねていた。
快く着てくれることだろう。良かった。
「き、着たよぉ……」
「そうか。では、見せてくれ」
「う、うん………」
寝室の扉を開け、澪が出てくる。
うむ。やはり悪くない。
まずはじめに澪に渡したのは、ジュリエットがこれを着ておけば間違いないと推していたもの。
黒のタートルニットにグレージュのフレアなロングスカート。
オーバーサイズで少しルーズな雰囲気が良いと。
俺には呪文のようで何を言っているか理解不能だった。
「ど、どうかな?」
「ああ。良く似合っているぞ」
「そう? えへへ……」
ふむ。嬉しそうだ。
澪も気に入っているようだ。
さて、次に行こう。
次の服を渡し、澪はまた寝室へ。
次は少々不安なのだが、大丈夫だろうか。
次に渡したのはハッカーが押し付けてきた服だ。
俺はどんな服かも見ていないので分からないのだが、果たして……。
「こここ、これって!?」
バタン、と勢いよく扉が開かれ澪が飛び出してきた。
服はちゃんと着替えているようだ。
うん? 先ほどと同じように見えるのだが、どうしてそう興奮しているのだろうか。
「これこれこれ、これって」
「落ち着け。似合っているが、先ほどの服と何か違うのか?」
「ちっがーう! よく見て!」
ふむ。
先ほどは黒などですっきりとした印象だったが、今度は白のロングスカートに青のトップス?と言うのか。先ほどより落ち着いた雰囲気を感じる。
肩から腕にストールをかけている。
澪は自分の姿を見てくるくると回っている。
ハッカーの選んだ服を着てとても嬉しそうだ。
何だか無性に複雑な気分になるのはなぜか。
「そんなに嬉しいのか?」
「これはね、とあるアイドルゲームの文学少女と同じ服なの。とっても可愛い子でね、その子と同じ服を着ているなんて夢みたい………………」
それはコスプレなのではないかと思うのだが。
まあ、嬉しそうなのだからいいか。
細かいことは気にしないでおこう。
充分に満足しただろう澪に次々と服を渡し、五セットの服を着てもらった。
大した感想など言えないのだが、似合っていると言うと喜んでくれる。
その嬉しそうな顔を見ているだけで、なぜか満たされる気持ちになった。
最近の自分の感情が分からないのだが、どこか悪いとは思わない。
ハッカーの選んだ服が一番うれしそうだったのは癪だが、良いプレゼントになったのではないか。
次は髪型や化粧か? それはジュリエット本人に協力を要請しよう。
俺以外の人間と関わるのも悪い事ではないだろう。
澪の意思を尊重するが、会ってくれるだろうか?
俺は次への計画に想いを馳せた。
ちなみに、ピーチが選んだ服を着てくれたのだが、それだけは見せてくれなかった。
どんな服だったかすらも分からない。
一体何を渡してきたんだ、ピーチよ。やはり、奴は苦手だ……。
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