第6話 ニートなお姉さんとお詫び

 本日も組織のミッションを完遂。

 ふむ。予定より少し時間がかかったようだな。

 これより帰還するのだが、予定より時間を送れると同居人が騒がしくなるのである。

 この半年間で、何度もあったことだ。俺は学習した。

 宥めるのがとても大変だということに。


「時刻は18:00。本来であれば家についている時間だ。今から帰還にかかる時間は二時間。ふむ……確実に面倒になるな。LIMEDライムドにて遅くなると送ったが……」


 俺の仕事はそう滅多にあるものでもない。

 組織からの通達が無ければ基本的には待機だ。

 組織本部に行けば大抵のことはできる。図書館もある、PCも完備、トレーニングルームも存在する。

 それに組織には誰かしら同僚がいるのだ。話をしているだけで一日が終わることもある。俺の場合は話を聞いているだけだが。

 しかし、ここ半年は週に二・三日足を運ぶだけとなっている。

 理由は単純。同居人をひとりにしておくのは良くないと思ったからだ。


 以前、本部にて数日籠っていた時、家に帰ると家は大惨事となっていたことがある。

 水浸しの床、大量のごみで埋め尽くされた部屋、焦げた何か。

 そして――――泣き止まない同居人。

 人生であれほど大きなため息を吐いたのは、隠居している爺が俺に金を要求し駄々をこねた時以来だ。

 思い出したくもない。あんなじじいの顔なんて記憶から消し去ったのだから。

 それ以来、俺は仕事のない日は基本家にいるようにしている。

 本部にも数時間顔を出すだけで、家に帰るようにした。

 もう二度と、あんなに泣かれるのはごめんだ。


「だが、今回も面倒なことになるのは間違いない」


 先ほど送ったLIMEDライムドの返信も、膝を抱えて座った犬のスタンプが送られてきた。

 これは寂しさを感じ始めたくらいに送ってくることが多い。

 これからさらに下降していき、ついには寝室のベッドの上で泣きながら膝を抱えるのだ。

 そうなると、機嫌を回復させるのには時間がかかる。

 つまり最善の選択は、帰還の時間をできるだけ早め、さらに機嫌を回復させるアイテムを渡すこと。

 早く帰るのはできるのだが、最高のアイテムが思いつかない。

 ゲーム……好みが分からない。人形……それで喜ぶ歳ではないのでは?

 寿司……いや、夕飯は準備済みだ。花束……彼女がもらって嬉しいと思うのだろうか?

 ここは――――。


 俺は覚悟を決め、アイテムを回収、最速で帰還した。



 ◇◇◇



「おかえりぃ……」


 玄関を開けた俺を待っていたのは、膝を抱えて座りむすっとしていた澪だった。

 なぜ玄関で待っているのだろうか。

 それよりも、二時間かかる帰路を一時間半で駆け抜けた俺を誰か褒めてくれ。

 だが、帰宅時間は予定より遅くなってしまった。

 アイテムの回収に時間を取られてしまったのだ。

 現在は21:00。おそらく澪は腹も空かしているのかもしれない。

 先に飯を食べていいと言ったのだが……。


「お、遅くなってすまない。少し買い物をしていたのだが、時間がかかってしまった」

「別に……寂しくなんてないし。私、お姉さんだもん。寂しいなんて思わないし……」


 完全に拗ねているではないか。

 これで「お姉さん」と言い張るのはどうなのだろう。

 いや、なぜこうまでして「お姉さん」というのにこだわるのか。


「まだ食事はしていないのか? 先に食べて良いと言ったのだが」

「一人で食べても美味しくない。さち君と一緒に食べるんだもん」

「そ、そうか……」


 プイッと顔を背け、そっけない態度を取っている。

 何なんだ。この反応は今までにないぞ。

 どう対応すればいいんだ。

 もう少し様子を見てから渡そうと思っていたが、致し方ない。

 アイテムを切らせてもらう。


「澪、すまない。これで機嫌を直してもらえないだろうか……?」

「これって……」


 一つ目のアイテム、澪がハマっていた某スライムアニメのスライムクッション。

 俺はアニメを観ていないので、これを探すのに時間を使ってしまった。

 最終手段として、組織にいるエージェントを頼り店を割り出してもらったのだ。

 これを受け取った澪は嬉しそうな顔をし、ハッとしてまたそっけない態度を取る。

 だが、先ほどよりは機嫌が良いことがよくわかる。


「こ、これで機嫌が直るほど、お姉さんはチョロくないんだからねっ! 嬉しいけどっ……嬉しいけどねっ!」

「そうか。それは良かった。これもやろう。お気に召すかわからんがもらってくれ」

「えっ……こ、これ……」


 俺は鮮やかな紫色に咲き誇る一本のキキョウを渡した。

 花屋でこれを見て直感で選んだのだ。

 あまり時間をかけられず急いでいたというのもあったが、これが一番きれいだと思った。

 キキョウを受け取った澪はみるみる内に顔が紅潮していく。

 どうしたのだろうか。何かおかしなことでもあったか。


「へっ? あの……これ、えとえと、その……」

「何か変だったか? やはり俺が花を渡すというは似合わないだろう」

「そ、そうじゃなくてっ! これ……のいみ、とか……」

「意味? ただ、これが一番きれいだと思ったからだが? それと――澪に似合いそうだと思ったからだな」

「ふぇぇ……」


 耳まで赤くして大丈夫だろうか。

 こんな玄関先で座っていたから風邪でも引いたのではなかろうか。

 俺は澪の額に手を当てる。

 すると、澪はビクッと跳ね、後ろに飛び去った。

 これまでにないほど俊敏な動きに俺も呆気にとられた。


「ここここ、これっ! すごく嬉しい! から! あり! がとう! すぅー、はぁー、だ、大事にするね……」


 そう言ってはにかむ澪。

 なぜか俺の心臓が高鳴るのだが、俺が風邪をひいてしまったのだろうか。

 自分の額に手を当て確認する。特に異常はないようだ。

 では、一体……?


「さち君? どうしたの?」

「……なんでもない。遅くなってしまったが、夕飯にしよう。準備は済ませてあるから温め直すだけだ。あと、お詫びとしてケーキを購入してきた。デザートも完璧だ」

「ケーキ? やったぁ! お姉さん、嬉しい! 今日は遅くなったの許してあげるね♪ いろいろもらったし、それに……」

「? どうした?」

「なんでもな~い。でも、あんまり遅くなっちゃダメだよっ! さっちゃんはまだ十八歳なんだからねっ」

「ふむ。善処しよう。それとさっちゃんと呼ぶなと言っているだろ」

「さち君でもさっちゃんでも可愛いよ♪」


 そう言って、澪は俺の左腕にしがみつく。

 鼻唄を交じりでとても嬉しそうな笑顔を浮かべている。

 今日のミッションは完璧にクリアしたようだ。

 組織に与えられるミッションよりも疲弊した気がする。

 あの動悸については自分でもよくわかっていない。

 だが、こういうのも悪くないな。







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