第5話 ニートなお姉さんと実家と甘々対戦
――――澪が連れ出されて翌日、京都府宇治市にある邸宅にて。
「お父様。お姉様は何処に行かれたのですか?」
ここはお父様の書斎。お父様が家にいるときは決まってこの部屋にいます。
私はいつも辛気臭い顔をなさっているお父様に訊ねました。
厳格で笑ったところを見たことのないお父様。
変化のない仏頂面を私に向け、目を細めます。
「知らん。お前には関係ないだろう」
「いいえ。大いに関係あります。数年家から出なかったお姉様が、突然いなくなるなど……そのようなことがあり得るはずもありません。それに、今日はお姉様と共に優雅にティータイムを過ごす予定でした。お姉様が約束を破るはずありません」
「だからどうした。私には関係のないことだ」
ほう。白を切りますか。
私の予想では、名家としての体裁を保つため、いつまでも引きこもっているお姉様を見かねたお父様が、どこかに連れ出しましたね。
お姉様のお部屋には、私たち姉妹がお姉様のために買い集めたお洋服や、お姉様のお財布が残されています。
スマホとカードケースは常に携帯しているため、それだけがないということは、着の身着のまま連れ出されたに違いありません。
ただ、どこに行かれたかまではわかりかねます。
ですが、宇治市内ではないでしょう。ニートのお姉様でも頑張れば歩いて帰ってこれますし。
お父様がそのような甘い行動をなさるはずもありません。故に京都府内もしくは関西圏内であるかと。
「そのように考えこんでいても、教えんぞ。あれは我が家の汚点だ。家の敷居を跨がせるわけにはいかん」
「お姉様が汚点……? 何をバカな事を。お姉様ほど優れた才女はおりません。そしてあの美貌! まるで女神! 一部分の残念さも含めて、です!」
「あれが才女だと? お前は見る目がないようだな。部屋から出ず、働きもしない引きこもりが何の役に立つ? 我が家を存続させるためにも、不要なものは切り捨てねばなるまい」
「お父様こそ、目が節穴でいらっしゃるご様子。ですが、構いません。お姉様の魅力は私たち姉妹だけが知っていれば良いのです。お父様が何を言おうと、私たちはお姉様を探し出し、必ずや連れ帰ってみせます」
「ほう。できるものならやってみろ。言っておくが、私はお前が思うほど甘くはないぞ」
私はお父様と睨み合い、何も言わず書斎を出ます。
私が思うほど甘くない、と……。
その言葉でだいぶ居場所が限られてきました。
お父様は家の存続にしか興味がありません。そのためなら娘だって道具の一つにすぎません。
まったく、つまらない人ですね。
この時代に、そのような原始的な考えでよくここまで生きてこられたものです。
まあ、いいです。私はこの家がどうなろうと知ったことではありません。
いえ、私たちは、と言った方が正しいですね
待っていてください、お姉様。
あなたを心から慕う妹、神宮寺美月が必ずや見つけ出し、あなたの下へと参ります。
しばし、しばしお待ちを――。
◇◇◇
「――――――――ひきしっ」
俺の隣で澪が小動物のようなくしゃみをした。
「どうした。風邪でも引いたのか?」
「い、いや、そんなことはないと思うけ――――ああ! ちょっとずるいよぉ!」
「隙を見せたのは澪だ。この勝負、もらった」
「もうっ。負けないんだからねっ!」
今、俺と澪は某乱闘ゲームで対戦中だ。
勝敗は五分五分。くしゃみで隙を見せた澪のキャラを吹き飛ばし、澪の残機は残り一。
勝負に手を抜くことはしない。生きるか死ぬか。それが全てである。
故に、この勝負は俺のものだ。
澪も負けじと攻撃を仕掛けてくる。
だが、そう易々と食らうはずも――むっ。
「やはり、簡単に勝ちを譲ってはくれないみたいだな」
「ふっふっふ。甘々だね、さっちゃん。砂糖たっぷりの生クリームくらい甘々だよっ!」
「その言葉、そっくりそのままお返ししよう。それと、さっちゃんと呼ぶな」
俺の使用するゴリラと澪の使用する緑の剣士の争いは長かった。
その日、結局勝負はつかず、お互いに勝ち越すことはなかった。
だが、澪が楽しそうに笑っていた。悪くない日だったと言える。
澪の言う通り、またやってもいいかもな。
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