第4話 ニートなお姉さんとさち君

 初めまして、神宮寺澪です。


 年下の男の子に養ってもらってる、超絶美人なニートのお姉さんです。

 養ってくれてるのは、神々廻幸君。

 少し長い黒髪で、綺麗な黒目、目元の泣き黒子が魅力的な可愛い十八歳の男の子です。

 どうして養ってくれてるのか、未だにわかりません。


 彼との出会いは、私が家を放り出され、ナンパされていたところを助けてくれたことがきっかけ。

 三人の男の人に囲まれてとても怖くて、声も出せなかった。

 野次馬も見ているだけ、誰も助けてくれない。

 そんな中でさち君だけが私を助けてくれた。

 男の人は苦手だけど、彼の側はどうしてか落ち着く。

 私の手を引いて走り出したこと(すごく疲れた)、寒くて震えていた私の肩にジャケットをかけてくれたこと、とってもドキドキした。

 そのあとは、知り合いのお店に連れて行ってくれて、私の話を聞いてくれたみたい。

 その時のことは記憶がないのだけど……。

 気が付いたら、私は彼の家で眠っていた。

 でも、彼は私に指一本触れない。私って魅力ないのかなって不安になったこともある。


 自分で言うのもなんだけど、私は名家のお嬢様だ。

 京都のとある有名な御家で、江戸時代から続いているらしい。

 そのせいか、私と関係を持とうとする子たちはみんな、私の家目当て。

 何だか悲しい気持ちになる。

 それがわかった時、私は部屋から出る頻度が減った。ついには部屋からでなくなった。お風呂やトイレの時は出るけど。

 それから五・六年間ずっとニート。部屋でやりたいことをやるだけ。

 退屈で、怠惰で、無為。なんの価値もない惰性の日々。

 三人の妹たちとの関りだけが、唯一の存在意義だったと思う。

 でも、それがずっと許されるわけではなかった。


 お父様は、私がずっと引きこもっていることで体裁が悪くなったらしい。

 こんな不出来な娘は要らないと、京都から着の身着のまま東京まで連れ出した。

 スマホとカードだけで京都に帰るのは難しい。

 それに部屋着のまま、外に放り出されるなんて恥ずかしい。

 六年ぶりの外は、とても辛かった。

 よりによって人の多い通りに置き去り。

 人の視線を一心に浴びるなんて、苦行に他ならない。

 これからどうすれば、そう考えて座り込んでいたところ、変な男たちに絡まれた。

 そしてそれを助けてくれたのはさち君。

 何度でも言うよ。さち君には本当に感謝している。


 さち君は不思議な子だった。

 なぜか学校に行ったことがないらしい。ずっと山奥で暮らしていたみたい。

 最初の自己紹介が面白かったなぁ。


『俺は神々廻幸。こうしてスーツを身にまとっているが職業は……まあ、簡単に言えば掃除屋だ。会社から与えられるミッションをこなすため、奔走している。こう見えて、まだ十八歳だ』


 こう見えてって、見るからに高校生くらいだと思ってたよ。

 それにお掃除屋だなんて、嘘だと思う。

 ほんとはもっと違うことをしているんじゃないかなって。

 だって、お掃除する人がスーツなんて着ないよね。

 もしかしたら私の偏見かもしれないけれど。

 そう言うと彼は


『会社の研修で、スーツを汚さずに掃除する者こそプロフェッショナルと教えられている。だから、俺は常にスーツを着ているのだ』


 って、言うの。

 彼には嘘を吐く時の癖がある。

 右手で耳を触りながら、斜め上を向くの。

 一緒に暮らしていてなんとなくわかった。

 そういうところも可愛いんだけど、本人には言わない。

 言ったら直しちゃうかもしれないから。


 それにさち君は笑わない。

 いつも無表情で変化がない。

 最近は些細な目の動きとかでわかるようになった気がするけど、やっぱり笑った顔が見てみたい。

 でも、こんな我儘を言う資格はないかな。

 お姉さんはさち君に養われている身だもの。

 それでもいい。この関係がすごく落ち着く。

 この半年間、一緒に暮らしていてわかったことがある。

 さち君は不器用で、山奥で暮らしていたから一般的な日常を知らない。

 だけど、誰よりも優しい男の子。

 こんな私を、何もお返しできない私と一緒にいてくれる。

 さち君は、私と暮らすために引っ越しまでしてくれた。

 ボロアパートから高層マンションていう一足飛びだけど。

 そんなさち君と一緒に暮らすのはとても楽しい。

 こんな気持ちになったのは初めてだ。

 この気持ちは、大事にしたい。ううん。失くしちゃいけない。

 これからもさち君と一緒に居たい。


 ドラマやマンガで見るカップルみたいなことに憧れる。

 甘酸っぱい青春の思い出に憧れる。

 なんてことない当たり前の日常に憧れる。

 私にはもう取り戻せない時間がたくさんある。

 後悔なんて数えきれないほどした。

 だから、私はこれから思い出を作るの。

 家からあんまり出ないけれど、いずれはさち君とデートとかしてみたいな。


 だって私は、さち君のことが――――。



 ◇◇◇




「――――おい、起きろ。澪」

「………………んぅ」


 目を開ける。

 何処からかパンのいい匂いが漂ってくる。

 シャー、という音と共に部屋が一気に明るくなった。

 突然の明るさに、目を細めつつ体を起こす。

 窓際には、いつものスーツを身にまとった可愛い年下の扶養者。

 少し外にはねた黒い髪は寝ぐせみたいで彼の可愛さを増す。

 綺麗な黒い瞳に見つめられ、思わずドキッとした。

 私はとびっきりの笑顔を彼に向け朝の挨拶。


「おはよう、さっちゃん♪」

「………さっちゃんて呼ぶなと言っているだろう。それよりも朝飯だ。顔を洗ってこい」

「えっへへ……は~い♪」


 寝起きの額を小突かれるが、それもなぜか嬉しい。

 思わず笑ってしまう。

 不思議そうな顔をした後、さち君は寝室を出てキッチンへ向かう。

 我儘を言って買ってもらったキングサイズのベッドから飛び降りて、さち君の背中に抱き着く。


「おい、抱き着くな。早く洗面所へ行け」

「わかってる~。さち君から美味しそうなパンの匂いがするね!」

「今日は特にミッションがないからな。朝はパンを焼いてみた。一般的な日常を送る家族は朝にパンを焼くと聞いたのでな」


 自慢気に話す彼の顔は無表情だけど、どこか楽しそうに感じた。

 ……というか、その変な日常話は誰に聞いたのやら。

 でも、楽しそうな彼を見るのは私の楽しみの一つでもある。


 ああ……こんな毎日が永遠に続けばいいのに。


 そう祈って、私とさち君は今日も一日を過ごす。






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