最終話 正体

 次の日の朝、家を出るときに学校に履いていく靴がガラスの靴しかないことに気が付いた。運動靴の他にサンダルは持っているものの、最近ストラップの部分がちぎれて履けなくなってしまった。母の靴も父の靴もブカブカでまともに歩けない。

 悩んだが、意を決してガラスの靴で学校に向かった。


 学校の門から校舎までは少し距離がある。昨日よりもいくぶんかまともに歩けるようになったものの、周りから時々視線を感じた。やっぱり父か母の靴で来るべきだっただろうか、と後悔しかけていると後ろからバタバタと走る音が迫ってきた。思いきり両肩を叩かれる。


「おい!なんだその靴!」


 見ると同じクラスの男の子だった。確か斜め前の席の高橋くんだ。やはり責められるだろうかと戦々恐々としていると


「めっちゃかっけーじゃん!そんな靴見たことねーよ!どこで買ったんだ!?」


 高橋くんは目をらんらんとさせている。興奮ぎみだ。


「え、あ、昨日、貰ったていうか、物々交換したっていうか……」


「ブツブツコウカン?」


 二人で校舎に向かいながら昨日のことを話していると、一人、また一人と高橋くんの友達が合流し、どんどん人数が増えていった。ゆうきが靴箱にガラスの靴を置こうとすると誰かが「クラスの皆に見せよう」と言い出して教室に持っていくことになった。


 教室に入ると、ガラスの靴の話で持ちきりになった。


「ねえ!ガラスの靴見せて!」

「昼休みにちょっと履かせて!俺、ヒールの靴とか履いたことないんだ!」

「シンデレラじゃん!」


 クラスの皆はガラスの靴にくぎづけだ。一番最初に声をかけてくれた高橋くんは先ほどよりも落ち着きを取り戻していて、ガラスの靴を取り巻く皆から少し離れた場所で様子を眺めていた。ゆうきもその隣にいた。


「皆、興味津々だな。」


「そうだね。」


「あの靴履いてくるなんて、ゆうきってなかなか勇気あるな。ゆうきだけに。」


 高橋くんはニヤリと笑って言う。


「そうかな?」


「今のはダジャレをツッコむとこだろ。」


 口をとんがらせて高橋くんはぶつぶつ呟く。


「結局、あの声誰だったんだろ。」


「ああ、姿の見えない謎の声ってやつ?」


 ゆうきは頷く。すると数秒沈黙した後、高橋くんが「あっ」と声をあげた。

「最近、兄ちゃんの本借りて読んだんだよ。確か『日本のびっくりお化け大全』ってやつ。そこに似たような話があったような。」


「……図書室にあるかな?」


 昼休みに二人で図書室に行く約束をした。


 教室に入ってきた先生に、「こんな靴で学校に来ちゃダメでしょ」と叱られたが、どこで買ったのか何回も聞かれ、先生もガラスの靴をしげしげと興味深そうに観察していたことが印象的だった。

 


 結局、図書室に高橋くんの言っていた本は無かった。ゆうきが肩を落としてガックリしていると

「そんなに落ち込むなよ。うちに本あるんだから遊びに来ればいいじゃん。」

 思いもしなかった提案に、ゆうきは廊下に反響するくらいの声で「いいの!?」と叫んでしまい高橋くんを驚かせた。



 放課後、ゆうきはガラスの靴を履いてこけないようにしながらダッシュで家に帰った。今まで家までの道のりを走るときは『怖さ』からだったが、今日は違った。

 玄関にランドセルを置き、居間にいる母に「高橋くん家に遊びに行ってくるー!」と叫んで家を飛び出した。



 高橋くんの家に着くと、早速本を一緒に読む。


「これこれ、このページ。」


 高橋くんの言うページにはこう書いてあった。


『No.106 ちゃちゃいれおばけ

 人の声に反応し現れる。声だけで姿は見えない。人通りの少ない場所、人間が単独行動している時の出現率が高い。独り言を呟いている人間にちゃちゃをいれるような言動をする。独り言の内容を事実とは間違った方向へ誘導する。話終わった後、おかしなものを見たという証言もある。しかし害をなすような悪質なものではなく、出くわすと幸運をもたらすとも言われている。人はこれをちゃちゃいれおばけと呼ぶ。』


 読んだゆうきはおもわず呟いた。


「ちゃちゃいれおばけ……これだ……」


「やっぱりこれなんだ。」


 高橋くんは楽しそうに笑う。


「でも良かったじゃん。幸運をもたらすって、良いことがあるってことだろ?」


 ゆうきは「確かに」と呟いた。今までおばけに散々怯えていたが、悪いおばけばかりではないようだ。そう分かっただけで、怖い気持ちが少し軽くなった気がした。

 ふとゆうきは高橋くんの机の上に雑誌が置いてあることに気が付いた。その雑誌はゆうきも大好きで毎月買って読んでいるものだった。


「これ!月刊スキップだ!」


「え!知ってんの!?読んでんの!?」


「うん!毎月読んでる!」


「まじかよ!この雑誌学校で知ってる奴いなくて話す相手がいなかったんだよ!」


 ふたりとも大興奮で月刊スキップについて熱く語った。このキャラのこのシーンが好き、キャラのセリフをモノマネしあって、似てる、いや似てないとお腹がよじれるほど笑った。



 時間はあっという間に過ぎ、帰り際高橋くんは「また遊ぼうな!」と言ってくれた。

 家に帰り、居間に入ると母が

「おかえり。今日はニコニコだね。いつも一人で帰ってくると怯えてるのに。」

 安心している様子の母に「へへっ」と笑って言った。

「良いことあったから!」

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ちゃちゃいれおばけって知ってる? 麦野 夕陽 @mugino

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