第3話 シンデレラ

 次の日も友達をつくることができなかったゆうきは一人下校していた。

 もう、昨日や一昨日のようなおかしな出来事には遭遇したくないので、黙って周りを警戒しながら歩いていた。


 慎重に後ろを振り返っていたとき、斜め前の家の外壁に立てかけてあったほうきが盛大な音を出して倒れた。後ろを警戒していたため不意打ちを食らったゆうきは飛び上がってしまった。


 ダメだ、昔話を呟きながら下校する方がおかしなことは起こるがこんなにビクビクすることはなかった。ゆうきには今の怖さを軽くする方法はこれしか思いつかなかった。


「むかーしむかしあるところにシンデレラという女の子がいました。」


 今日の昔話の題材は『シンデレラ』だ。 


「シンデレラは継母や義理の姉妹にいじめられていました。」


「毎日、灰まみれになりながら掃除をしていました。ある日、シンデレラを置いて継母と妹達は舞踏会に出掛けていきました。シンデレラは呟きました。『私も舞踏会に行きたいわ』」


 ゆうきは怖い気持ちがだんだん落ち着いてきたのを感じた。今日は語りかけてくる声もしないし、このまま可笑しなことは何も起きずに家にたどり着くかもしれない、と安堵のような、しかし少し物足りないような感情を抱いていた。


「すると、シンデレラの前に魔女が現れました。魔女は魔法でカボチャの馬車や素敵なドレス、ガラスの靴を出して言いました。『0時に魔法がとけるからそれまでには戻るんだよ。』」


「シンデレラは舞踏会に向かいました。王子様と楽しく過ごしていると時間があっという間に過ぎ、あわてて城を飛び出しました。」


「シンデレラは城の階段を掛け降りている最中に、ガラスの靴を落としてしまいました。」


 ゆうきはふと思ったことを口に出してしまった。


「運動靴の方が早く走れるのに。ガラスの靴で走るのは危ないよ。」


 すると、昨日と同じ声がした。


「──その通りだ。」

 

 ゆうきは「やってしまった」と思った。またおかしな声がした。ということは……

 前方からヒールの靴で走る音が聞こえてきた。通行人かもしくは……と身構えていると、音が乱れて明らかに人がこける音が聞こえた。

 道は緩やかに曲がっていて、様子は見えなかった。今の音からして怪我をしているかもしれない。ゆうきは音がした方へ走っていった。


 そこには美しいドレスを着た女性が倒れていた。かけよって声をかける。


「おばさん、大丈夫?」


 その人は勢いよく顔をあげた。


「おばっ……!」


「血とか出てない?ひざとか。」


「……大丈夫よ。でも」


 女性は言いながら足を見る。


「慣れていないヒールが高い靴で走るのは大変ね。」


 女性は透明に光るガラスの靴を履いていた。

 ゆうきはおもわず聞いてしまった。


「片方落っことさなくていいの?」


 女性はなんのことか全くわかっていない顔をした。ゆうきはあわてて「なんでもない」と言った。

 ふと、女性の目線がゆうきの足元に向いた。そして呟く。


「その靴、とっても走りやすそうね。」


 ゆうきも自分の運動靴を見て言った。


「この靴、早く走れるように作られてるんだって。流行ってるんだよ。」


 女性は「へぇ……」と相づちをうって、そのままゆうきの靴を凝視している。女性が考えていることがわかったゆうきは自ら切り出す。


「……この靴、いる?」


 女性がパァッと目を輝かせて顔を上げる。


「いいの!?」


「いいよ。結構古くなってるけど。」


 ゆうきは運動靴を脱ぎながら「お母さんに怒られるだろうなぁ」と苦笑いしながらボソッと呟くと、女性は「それなら!」と言ってガラスの靴を脱いだ。


「交換しましょ!」


 ゆうきはびっくり仰天した。


「でもこの靴、魔法の……」


「え?」


 女性はもう、ゆうきの運動靴を履きながら聞き返してきた。靴のマジックテープも気に入ったらしく、なんだかずいぶん楽しそうだ。

 ゆうきもおそるおそるガラスの靴を履いてみた。


「サイズぴったり!君、私と足のサイズ一緒なのね!」


 女性の言う通り、ガラスの靴もゆうきの足にぴったりフィットした。初めて履くヒールの靴は少しバランスを崩すとこけそうだった。全力疾走したらこけるのも当然だ。


「もう行かなきゃ!靴ありがとう!じゃあね!」


 女性は急いでいる様子でまた走り出した。ドレスではあるがしっかりした足取りで、今度はこける心配は無さそうだ。女性を見送っていると見えなくなる寸前で女性が言った。


「その靴!世界でひとつの靴だから!話のネタになるよー!」


 そう手を振って見えなくなった。

 ゆうきはガラスの靴で家まで歩くことになったが、小学生男児がランドセルを背負ってパンプスで慎重に歩く姿は滑稽(こっけい)なようで、たまに通りすがる人にギョッとされた。


 家に帰り、ガラスの靴を見た母は叱るべきか否か頭を悩ませていた。

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