第2話 うさぎとかめ

 翌日、ゆうきはいつも通り同級生に話しかけることが出来ず、一人下校していた。

 人通りが少なく、妙に静かな通学路。遠くからカラスの声しか聞こえない。やはり極度の怖がりには向かない通学路である。


 昨日は何かとてつもなくおかしなものを見た気がするが、怖さはなくなっていたことを思い出す。

 変なもののことは忘れて、今日も昔話を唱えよう、とゆうきは思った。おかしなものを見たことより、怖さをかき消すことの方が最優先なのだ。


 今日、学校の図書室で読んだ昔話は「うさぎとかめ」だった。


「むかーしむかし、あるところに、うさぎとかめがいました。ある日、うさぎがかめに勝負を持ちかけました。『競争しようよ。さきに山のふもとに着いた方が勝ちだよ』と。」


 ここで、ゆうきは立ち止まった。


「あれ? 確か最後はかめさんが勝つんだけど、どうやって勝ったんだっけ? うさぎさんの方が足速いし。」


 ゆうきはうんうん唸る。昔話を始めてしまったからにはおしまいまで話さないと収まりがつかない。怖いし早く家にたどり着きたいのは山々だが、昔話が中途半端なまま家に着くのもモヤモヤが残る。

 怖い、でも思い出せない、怖い、でも……、を繰り返していると昨日と同じ声がした。


「──おい」


 ゆうきはハッと我にかえり、おそるおそるその声がした方を振り返ってみた。

 そこには誰の姿もなかった。バイクが一台ぽつんと置かれているだけ。


「またあの声だ……」


 ゆうきの中の感情の天秤が『怖い』に少し傾いたため、足早に立ち去ろうとすると

 今度は声がした方向からガタガタっと何かが小刻みに揺れる音がした。

 反射的に振り返る。やはり誰の人影もなく、バイクがあるだけ……バイク?

 そこでゆうきは合点がいく。そうだ、かめさんはバイクを使ったんじゃないか?


「うさぎさんは『競争』とは言ったけど、『乗り物を使うな』とは言ってない!」


 ゆうきは軽い足取りで再び歩きだした。


「かめさんは長生きで大人だから、運転免許もきっと持ってるんだ。」


 ゆうきは少しだけスキップしながら家に向かって歩いていた。


 これで、正しいかは置いといて昔話を進めることができた。上機嫌で歩いていると遠くからバイクをふかす音が聞こえてきた。

 夜、よく聞こえてくるような音。母に何の音か聞いたことがある。「暴走族だよ〜」とゆうきは教えてもらった。しかし、この音が聞こえてくるのは大体夜だ。今はまだ夕方である。じりじりと陽が照っている。


 だんだん音が近付いてくる。”暴走族”がこっちに来ている?とっさに物陰に隠れる。そういえば昨日もこんな感じで隠れたような……

 やはりバイクの音はどんどん大きくなる。まだ姿は見えないが、耳元で音が発せられているような音量だ。様子をうかがっていると、バイクが目の前を通り過ぎた。バイクは一台。一人である。どうやら暴走族ではな……


 ゆうきはハッキリ見た。バイクに乗っている人間が全身緑色だったのだ。もはや人間には見えなかった。大きな固い甲羅のようなものを背負っていた。

 目の前を通り過ぎる一瞬、風格のあるサングラスをかけているバイクの主が隠れているはずのゆうきを見てワルそうにニヤリと笑った。

 バイクをふかす音はどんどん遠くなっていく。物陰から放心状態で出てきたゆうきは呟く。


「かめだ……」


 

 その日の夜、ゆうきは父のサングラスを勝手に拝借し鏡の前でニヤリと笑う練習をしていたら、母に見られて大恥をかくことになった。

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