ちゃちゃいれおばけって知ってる?
麦野 夕陽
ちゃちゃいれおばけ
第1話 桃太郎
「今日も話しかけられなかった……」
とぼとぼと、夏の夕日がじりじりと照りつける道を歩くゆうき。日差しから目を逸らすためか、落ち込んでいるためか、うつむいて通学路を歩く。
ゆうきはとても人見知りで、クラス替えから三ヶ月経っても学校でおしゃべりできる友達がいない。毎朝、「今日こそ話しかけよう」と意気込んで登校するが、下校時にはいつも落ち込んでいる。
友達がほしい理由はたくさんある。学校の休み時間に遊んだり、放課後もお互いの家に遊びに行ったり、テレビの面白い番組やマンガの話だってしたい。
その中でも、一番友達がほしい理由が「一緒に登下校したい」というものだ。ゆうきの通学路は人気(ひとけ)がない。この通学路を使う小学生も少ない。人通りの多さに偏りがあるのはよくある話だ。
これがゆうきにとっては大問題であった。極度の怖がりだからだ。大人にとっては不審者が一番恐ろしいことは知っている。しかしゆうきにとって一番の恐怖の対象は「おばけ」であった。家でも、トイレやお風呂はもちろん、家族と別の部屋に一人でいることも耐えられないほどだ。
ゆうきは登下校の時、いつも周りをキョロキョロと見回している。すぐ後ろにおばけがいるのではないかと怯えて気が気ではないのだ。
いつもなら辺りを警戒しながら早足で帰るのだが、その日は違った。良いアイディアをひらめいたのだ。
その日は学校で絵本の読み聞かせがあった。絵本の内容は桃太郎だった。
「むかーしむかし!あるところに!」
思い出しながら大声で昔話を唱える。こうすることでおばけの恐怖から気をそらす作戦だ。
「おじいさんと!おばあさんが!住んでいました!」
多少は気が紛れるがやはり怖いものは怖い。怖さで昔話の内容を思い出すのに四苦八苦する。
「おじいさんは!えーっと……山へ……何しに行ったんだっけ、そうだ、芝刈りに……芝刈りに!おばあさんは川へ洗濯に!」
通学路沿いのアパートで洗濯物を干しているおばさんに怪訝(けげん)に思われていることには気づかず、昔話を唱える。
「おばあさんが川で洗濯をしていると!どんぶらこ!どんぶらこ!……大きな桃が」
「──本当に桃か?」
誰かに言われて男の子は立ち止まる。反射的に辺りを見回す。右!左!そして後ろ……!
しかし、誰の姿もない。怖がりすぎて、空耳でも聞こえたのだとゆうきは自分を納得させてまた歩き出す。
「桃……桃だったっけ」
さっきの声に気が動転してしまっていた。
「──お前の好きなおやつはなんだ」
「えっ、えっと、茎わかめ」
「──く……茎わかめか、そうか」
「梅味がついてるやつね」
「──……」
何か変なことを言っただろうかとゆうきは不安になった後、ハッと気付く。一体誰と喋っているんだ、と。
「おばけだ……」
確信をもった。すぐそばで声が聞こえるのに近くには誰の姿もない。
しかし不思議と怖さはなかった。
少し歩くスピードを速くして、さっきより小さい声で昔話を続ける。
「どんぶらこ、どんぶらこ、大きな」
「──梅味茎わかめが」
「梅味茎わかめが流れてきました。」
なにか違和感を覚えたが、昔話を続ける。
「おばあさんは大きな梅味茎わかめを抱えて家に帰りました。」
「梅味茎わかめには男の子が包まれていました。男の子は……”梅味茎わかめ太郎君”と名付けられて、すくすく育ちました。」
「梅味茎わかめ太郎君は鬼退治をするために、鬼ヶ島へと旅立ちました。旅の途中で三匹の生き物……なんだったけな……」
「──好きな動物はなんだ」
「うーん…………、ライオンとチーターと、象!」
ゆうきはつい最近、家族と動物園に行ったばかり。
「──……そ……そうか」
困ったような声がする。ゆうきはもう怖さは感じなくなっていたが、昔話を最後まで話さないと気がすまなくなっていた。
「えーっと、3匹の動物に、何かあげるんだよ。うーんと」
「──丸いものだ。丸くて甘──」
「肉まん!」
小さく「えっ」という声が聞こえた気がしたが、気のせいだろうと男の子は思った。
「肉まん美味しいからすぐ友だちになれるよね!友だちになって鬼ヶ島に行って、鬼を倒すんだよ!……鬼……鬼って悪いやつなの?」
声は聞こえないものの、じっと男の子の話を聞いているような気配があった。
「……鬼さんとも仲良くなれるかも。鬼さんも友だちがいなくて一人ぼっちだったかもしれないもんね。」
僕と一緒だ、と呟き、考え込んだ後ゆうきは手をポンッと叩いた。
「肉まん半分こしよう。みんなで食べた方が美味しいよ。ライオンとチーターと象と鬼さんと梅味茎わかめ太郎君でみんなで食べるんだ。」
しばし通学路に沈黙が流れたあと
「──めでたしめでたし」
とどこからともなく声が聞こえた。話すことに夢中になって足が止まっていたゆうきは、何かが近付いてくる音に気が付いた。
地響きのような、一定のリズムをたもってどんどん音が大きくなる。
何かが道の向こうから迫ってくる。とんでもないスピードで迫ってくる。ゆうきはとっさに道の端の茂みに隠れた。
どんどん近付いてくる。近付くにつれて迫ってくる者が何かわかった。
先頭はチーター、そのすぐ後ろにライオン、そして一番後ろに象だ。
もちろんここはサバンナではない。都会というほどでもないが、田舎でもない。出るとしても猿ぐらいだ。だがしかし、今ゆうきに迫ってきているのは確実にチーターとライオンと象である。
あっというまに迫ってきた動物達が、茂みの影のゆうきの目の前を走り去っていく。その時、ゆうきの耳にがなり声飛び込んできた。
「急げええええ!!あの肉まんが売り切れちまうだろうがあああ!!」
その声と同時にゆうきは見た。象に誰かが乗っていたのだ。一瞬だったが、全身が赤く、頭部に尖っていてキラリと光るものが付いているのが見えた。
その者達が走り去った後、ゆうきは口をあんぐりと開けて茂みから出てきた。地響きが遠のいていくのが聞こえる。
「あと茎わかめもなああああああああ!!────……」
と、叫ぶ声も遠くから微かに聞こえた。
ゆうきはしばらくその場に突っ立っていた。文字通りポカンとしていた。
ヨボヨボのおじいさんが自転車でチリンチリンと音をたてて通り過ぎていく。何事もなかったように。
その自転車を目で見送った後、
「…………帰ろ。」
ゆうきはそう呟いた。
帰宅後、「あんたの好きなの買ってきたよ」と、母に肉まんと茎わかめを渡されたが、ゆうきはなんとも複雑な顔をしてしまった。
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