第25話  新しい日々

 話があると星野さんを連れ出した小町先輩。

 少し気になったので、俺は部室で二人が戻ってくるのを待つ事にした。

 しかし二人が部室に戻ってくる事はなく、仕方がないと諦めた俺はその後一人で帰路につく。 


 それからは何もなく春休みは終わりを告げ、俺は新学期を迎えた。

 今日から俺も二年生となり、色んな意味で新たな生活が始まる。


 二年生になって一番最初のイベントと言えばクラス替えだろう。

 一年の時も殆ど友達が出来なかった俺は、二年になっても変わらずボッチだろうと覚悟していた。

 このクラス替えで何と俺は星野さんと同じクラスになったのだ。

 少しびっくりしたけど、知り合いがクラスにいる事がわかって少しホッとする自分がいる。


 初めて入る教室には、話した事もない同級生の姿で埋め尽くされていた。

 彼達は教室に設置されている机に全員が適当に座っている。

 

 (最初のホームルームでもう一度、席替えをすのかな?)


 俺はそんな事を考えていた。


 人気の高い窓際の席は既に埋まっていたので、俺は空いている席の中で一番後方の席を選んで座る。

 俺が椅子に座り机に伏していると、隣の机に鞄が置かれる音が聞こえた。

 俺は顔を上げて音がする方に視線を向けた。


「久しぶり!! 春休み殆ど会えなかったけど、米倉君は元気にしてた?」


 隣の席に座ったのは星野さんだった。

 星野さんは笑顔を浮かべて、俺に話しかけてくる。


「元気ですよ。俺は何もなかったけど、俺よりも星野さんの方が忙しそうでしたね」


「まぁね。今は大切な時だから、一分一秒も無駄に出来ない的な?」


「大変ですね。確か大きなイベントがあるんでしたっけ? 頑張ってください。応援しますよ」


 星野さんはダンスをやっている。

 

 学校が休みで長時間練習ができる春休みの期間中は毎日練習漬けだとメッセージに書かれていた。


 しかし送られてくるメッセージの文章を読む限り、嫌々練習しているのではなく、自分から望んで練習しており、やる気に満ち溢れている印象だ。

 

 それと星野さんは久しぶりと告げてきたが、春休みの間もメッセージではやり取りを続けていたので、休みの間あっていなくても久しぶりだと感じないのは俺だけだろうか?


 会っていないのは星野さんだけではなく、小町先輩も同じだ。

 小町先輩の方は家の用事で、休みの間は祖父の家にいるみたいだった。


 それもメッセージのやり取りで教えて貰った。

 

 なので楽しかったあのホワイトデーのイベントが料理部の最後のイベントになった訳だ。

 料理部が今日でなくなる事に対する気持ちの整理は、休みの間につけていた。


「うふふ、ありがと。米倉君は、あの後も秋田先輩とは合ってたの?」


 少し前のめりな感じで、星野さんが顔を近づけてくる。


【教えてほしい!】


 結構圧の強い感じの文字が浮かび上がっていた。 


「用もないのに会ったりしないって! 小町先輩も忙しい人なんだから」


「ふーん…… そうなんだ、それならいいんだけ…… あっ、そう言えば、前から思っていたんだけど、秋田先輩の事だけ名前で呼んでるよね? どうしてなの? 何か怪しいなぁ~」


 そう言いながら星野さんは口を尖らせている。


「それは小町先輩が名字で呼ばれるのが苦手だからだよ」


「ふーん、そうなんだ。だったら私も名前で呼んでってお願いしたら、そう呼んでくれるの?」


 顔には【私も名前で名前で呼んで欲しい】と書かれてた。

 もしかして自分だけ名字で呼ばれていたのが嫌だったのかもしれない。

 もちろん断る理由はなかった。


「いいよ。なら俺の事も名前で呼んでくれてもいいから」


「嘘っ!! いいの?」


 星野さんの顔が紅潮している気がした。


「名前で呼び合うなんて別に普通だろ? 友達なんだから!!」


「じゃあ、昌彦……」


「うん。夢さんよろしく」


「さんはいらない……」


 聞き取れない程の小さな声が聞こえた。


「えっ!?」


【呼び捨てで呼んでほしい】


 顔に浮かび上がっている文字を読んだ俺は、聞き取れなかった言葉の意味を理解する。

 そして俺は頭をかいた。


「はぁ~わかったよ。夢! 二年生もよろしく」


 俺は少しの恥ずかしさを覚えながら、そう声をかけた。


「うん、よろしくね」


 嬉しそうに返事を返した星野さんの耳は真っ赤に紅潮していた。


「そうだ。春休みの間は時間が余り取れなかったけど、夏のイベントが終わった後は結構休みも取れるみたいなんだよね。だから夏になったら何処かに遊びにいかない?」


「あぁ、別にいいよ。時間が取れる様になったら声を掛けてよ」


「絶対だよ」


 人差し指を立てて、笑みを浮かべながら返事を返してきた星野さんはドキっとするほど可愛らしかった。


 その後先生が到着し、ホームルームが始まる。

 簡単な自己紹介の後、席替えが行われた。


 くじの結果、俺は窓際の席をゲットする事となる。

 星野さんは俺の斜め前の席となり、俺たちの二年生生活が始まった。


◇ ◇ ◇


 新学期が始まって3日目。


 昨日から部室の片づけをしている。

 段ボールに料理部が少しづつ集めてきた料理器具をまとめているのだが、数が多くてなかなか進まない。

 器具を箱にしまう前に感謝の気持ちとして、一度洗っているのがその原因だろう。


「このペースだと今日中じゃ終わらないよな。部活総会までに終わらそうと思っていたんだけど」


 部活総会は明日の午後に始まる。

 総会で各部の部長が部員数や去年の実績報告を行う事となっていた。


 料理部の部長は部員が俺しかいないので必然的に俺となる。

 明日の部活総会で部員数の足りない料理部に廃部が言い渡されてそれで終了だ。


「先輩たちが料理部を卒業してから、残された時間を一人でのんびりやろうと思っていたけど、何だかんだ言って騒がしかったな」


 小町先輩や星野さんとの思い出が頭をよぎる。


 その時、突然部室のドアが開き小町先輩と星野さんが一緒に入ってきた。

 小町先輩と会うのは久しぶりだ。

 小町先輩に会えた途端、不思議と俺の胸は高鳴っていた。


「ふふふ、やっぱり部室にいたわね」

 

「小町先輩、それに夢も…… 二人が一緒にいるって珍しいような……?」


「えっ!? 夢って…… まさか星野さんの下の名前!?」


「だって、秋田先輩も名前で呼ばせているじゃないですか? だから私も名前で呼んでもらう事にしたんです」


 星野さんは腰に手を当て、勝ち誇った顔でドヤっている。


「いつの間に…… おじい様の家に行っている場合じゃなかったわ」


 小町先輩はとても悔しそうにしていた。


「それで今日はどうしたんですか? 最初に言っておきますが、今日は料理は作りませんよ。前にも言ったと思いますが、明日で料理部は廃部となるので今日は片づけをしているんですから」


 うつむきながら俺は告げた。


 元気がない俺を見て二人はクスクスを笑い始める。


「何か良い事があったんですか?」


 この重い気持ちが紛れるのなら何でもいい。

 俺は二人に話しかけた。


「「秘密」」


 二人は声を合わせた。


 そして両手を背中に回した状態で俺の近くに寄ってきた。


 俺が不思議そうに様子を見ていると、二人はタイミングを合わせて背中に隠していた手を俺に突き出してきた。


 その手には一枚の紙が握られている。


「これは何ですか?」


 俺は差し出された紙を受け取る。


「これって…… 入部届!」


「そう。私と星野さんの入部届」


「昌彦、これで部員は三名になるから料理部はなくならないよ」


「もしかして俺の為に? でも二人は忙しい人だしそこまでしなくても」


「ううん。私もいつも食べさせて貰うだけじゃなくて、自分でも料理を作りたいと思っていたの。生徒会の仕事も二年目になるから、一年目より時間に余裕もできるし、今度は私が作った料理を米倉君にも食べて貰いたいの」


 小町先輩は可愛らしく上目遣いで見つめてきた。


「私の場合は、体調管理が辛くって! 太りづらいヘルシー料理を料理部で覚えて、お腹一杯に食べたいって…… そんな理由じゃダメかな?」 


 星野さんは不安そうな表情を浮かべている。

 鈍感な俺でも二人が俺の為に、料理部に入部してくれている位はわかっている。

 二人の気持ちがうれしくて、温かくて、俺の目には少し涙が浮かんだ。


「わかりました。お二人の入部届を預からせて頂きます」


 俺が入部届を受け取った瞬間、二人は嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 その笑顔に釣られて俺も気づかない内に笑顔になっていた。


「私の方から生徒会には提出しておくから、明日の部活総会は頑張ってね」


「期待しているよ。部長~」


 二人が料理部に入部してくれたおかげで、俺はもう少しだけ料理部を続ける事ができそうだ。

 料理は自分の為に作るよりも、大切な人の為に作った方が楽しいし、美味しくなる。



 そして翌日の部活総会で部員が3人になった料理部の継続が決定された。


 もちろん二人が入部した事は小町先輩が生徒会長と言う事もあり、外部に漏れる事はなかった。



◇ ◇ ◇



「今日は私のリクエストした料理を作る日でしょ!!」


 小町先輩の声が部室に響く!


「それはわかっているわよ。その前に前に作った料理の復習をしていただけじゃない」


「そうやって、星野さんは毎回自分が作りたい料理ばかり作って! 米倉君が困っているじゃない」


「昌彦は嫌だったの?」


「嫌って? 俺は全然大丈夫だけど?」


「ほら昌彦も大丈夫って言ってるじゃん。それに部活動に参加できる日は私の方が少ないんだから、ちょっとくらい良いじゃない!!」


「ぐぬぬぬ。とにかく今日は私のリクエストした料理を作るんだからね! 米倉君、早く始めようよ」


「あっはい」


 新生料理部は賑やかで華やかになっていた。


 運命の女性である目の前にいる美少女二人を見つめて、俺は料理を作り始める。


 二人の顔には俺が作った【料理が食べたい】と書かれていた。


 この先俺と運命の女性である二人の関係がどうなるかはわからないけど、今はただ二人が俺の料理を美味しそうに食べてくれる姿を見れるのが、ただただ嬉しい。

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才色兼備な生徒会長が食材を抱えて部室に押しかけてきます! おうすけ @ousuke

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