第24話 ホワイトデー

 今日は3月14日


 目覚ましのアラームが鳴る前に俺はベッドから飛び起きた。

 一週間前からずっと緊張していて、毎日寝不足気味だったけど今日だけは眠気は一切感じない。


 二人は喜んでくれるのだろうか?

 俺は着替えながら今日のイベントの事を考えていた。

  

 俺には【運命の女性】の欲しいものがわかるという不思議な力がある。


 父さんの話では【運命の女性】と出会える確率は宝くじと同じ位らしい。

 

 だけど驚いた事に、俺の【運命の人】はとても身近にいた。


 それも二人も!


 もし父さんの言う事が本当なら、俺は既に全ての運を使い果たしているかもしれない。

 明日、死んだとしても文句は言えないだろう。


 一人は才色兼備の優等生である学園のアイドル秋田小町先輩。

 もう一人は同級生で明るくてポジティブな性格の星野夢さん。


 どちらも美人で魅力的、そんな彼女達が俺の【運命の女性】だった。


 俺には釣り合わない想像を絶する夢の様な展開に実感を持てる訳も無く、本当に夢を見ているんじゃないかと思ったりしている。

 

 もしも夢じゃなかったとしても、当然、相手の方にも選ぶ権利はあるだろう。

 イケメンでなければ運動が出来る訳でもなく、成績も普通で目立った所が一つもない俺に好意を持ってくれるとは考え辛い。


 だけど二人共、定期的に俺の料理を食べに、わざわざ部室まで来てくれている。

 わざわざ時間を作ってくれて申し訳ないという気持ちと、来てくれて嬉しいという気持ちが入り乱れている。


 この複雑な気持ちを、俺は何故か心地が良いと感じていた。


 だから日頃の感謝を返す為に、今日は二人に楽しんで貰いたいと考えている。

 

 部室に到着すると、俺は材料を用意し準備を始めた。

 料理と言っても、今日は殆ど調理はしないのだが……


 まずは机の上にビニール製のテーブルクロス敷いた。

 

 次に部室の棚から段ボールを取り出し、箱の中から機械を取り出して水洗いを行う。

 機械の洗浄が終わった後、説明書をみながら機械を組み立てる。


 機械の組立は何度かやった事があったので、問題なく終わった。

 次の作業として具材の下準備に取り掛る。


 まずは事前に買っておいた果物の皮を剥き、へたを取って一口サイズに切り分け小皿に盛り付ける。

 果物の種類は5種類、イチゴにキウイとバナナ、後はリンゴにオレンジだ。

 

 果物の準備が終わった後、俺はバックからスナック菓子の袋を取り出す。

 最初に取り出したのはポテトチップス、次にクッキーとウエハース。

 そして最後にマシュマロを皿に盛り付けた。


 テーブルの上には全部で9種類の食べ物が並んでいる。

 果物は新鮮で色目も鮮やかで、スナック菓子も好き嫌いが少ない定番の物ばかりだ。


 材料の準備はこれで終わりとなる。

 俺は最後にバックの底に閉まっていた大きな袋を取り出した。

 袋の中には大量の板チョコレートが入っている。

 その袋にはカカオ70%と書かれていた。

 

 このチョコレートは、ネットの通販で買った専用のチョコレートだった。


 まずは袋に入っている大量の板チョコをみじん切りの要領で細切れにしていく。


 次に鍋を用意した後、鍋の中に低脂肪乳を適量注ぎ込み、温度計で温度を60度前後に調整しながら温めた。

 その後、細切れにしたチョコレートを投入して溶かしていく。


 チョコレートの粘度が大切なので、シリコン製のヘラで固さを確かめながら、時には低脂肪乳を追加して粘度の調整を行う。


 そうして出来上がった液状のチョコレートを機械に流し込み、電源を入れれば完成である。


 小さな三段のタワーの頂上から吸い上げられたチョコレートが溢れ出し、重力に従いながら傘の上を流れながら落ちて行く。


「久しぶりだったけど、結構良い感じに出来たぞ!」


 俺の考えたバレンタインデーのお返しは、チョコレートファウンテンのパーティーを開く事だった。

 デザートビュッフェに行けば、たまに設置されている事もあるが、意外と口にする機会が少ない。

 二人が喜んでくれると思って選んだ。


 小町先輩がチョコレートを好きだと言う事は事前にリサーチしていた。

 星野さんにおいては、俺と初めて会った時に鞄の中からチョコレートを出してきているので、嫌いな訳がない筈だ。


 なのでサプライズとして黙って準備していたけど、アレルギーなどで食べれないという最悪な事態は起こらない。

 

 ちなみにこの機械は、二年前に卒業した先輩達がお金を出し合って購入した物だ。

 購入金額は数万円もしたらしく、保温機能もついた高級品である。

 先輩達が卒業する時に料理部に寄贈してくれた。


 俺が料理部に入った時はたまに使っていたのだが、俺一人になってからは一度も使っていない。

 その理由は大量のチョコレートを使用するので、単純に一人で食べきれない事と準備と片付けが結構大変だったりするからだ。


「またこの機械を使える日が来るとは思わなかった。機械を購入してくれた先輩達に感謝しないとな」


 俺は先輩たちにお礼を告げる。


 全ての準備を終えて、再び時計に視線を向けると後20分位で約束の時間だ。

 まだ少し時間に余裕があるので、俺は読書をしながら二人を待つ事にする。



◇  ◇  ◇



 俺が待っていると最初にやって来たのは小町先輩だった。

 約束の時間より10分位早い。

 今は休みだと言っても、学校なので当然制服の姿である。

 

 小町先輩はテーブルの上に準備されたチョコレートファウンテンのセットを見て、とても驚いていた。


「えっ!? 凄い!! 米倉君どうしたのそれ!?」


 小町先輩のリアクションは俺が期待していた以上のもので、俺としても大満足だ。


「小町先輩、今日はわざわざすみません。バレンタインデーのお返しとしてチョコレートファウンテンを用意しました」


「学校でチョコレートファウンテンが食べれるなんて、思ってもみなかった」


「料理部の先輩が機械を購入してくれていたんです。使わないのも勿体無いですからね」


 小町先輩は俺が用意した機械や具材を一つずつ見つめながら目を輝かせている。


「うふふ、美味しそう…… 早く食べたいね」


 嬉しそうに小町先輩が笑う。

 実際に顔には食べたいという文字が浮かんでいる。

 その可愛らしい笑顔と顔に書かれている文字を見れただけで、俺は心地良い達成感に包まれた。


「星野さんももう直ぐ来ると思うので、来たら始めましょう」


「あっそうか。星野さんも来るんだった……」

 

 少し頬を膨らませた小町先輩も可愛らしかった。


 すると廊下を走って来る音が聞こえてくる。

 この元気でリズミカルな足音は星野さんで間違いないだろう。

 ドアが開くと俺の予想通り、星野さんだった。


「米倉君、お待たせ~! ってか凄いじゃん‼ 私ビックリしたんだけど」


 星野さんもまずますの反応である。

 星野さんは物おじしない性格と弾ける様な笑顔が特徴的だ。

 一緒に居るだけで、不思議と元気になってくる。


「星野さん、来てくれてありがとう」


「約束したからね。当然! それにしてもチョコレートファウンテン、めっちゃ美味しそうじゃん。早く食べようよ」


「それじゃ、始めるか」


 主役の二人が揃ったので、早速パーティーをスタートさせる。


 俺達は向かい合う様に席に着いた。


「それじゃ、バレンタインデーありがとうございました。今日はそのお返しなので、好きな物から食べて下さい」


「いただきまーす。一口サイズのチョコがチョコレートファウンテンに化けるなんて、ビックリ!」


 星野さんが元気よく、定番のイチゴに串を指した。


「それじゃ、私もいただきます」


 小町先輩は俺のお勧めのバナナを選ぶ。

 

 タワーから流れるチョコレートシャワーの下にバナナとイチゴを持っていくと、液状で柔らかいチョコレートが具材をコーティングしていく。


 チョコの甘い香りが鼻腔をくすぐり、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 二人の顔を見れば、顔に書いているので早く食べたいのが丸わかりである。


 具材の半分がチョコレートにコーティングされたのを確認した二人は、ほぼ同時に口へと放り込んだ。

 全ての材料は一口サイズに切り分けているので、食べやすい筈だ。


「うんんんんんま~い」


 星野さんは肩を震わせながら、歓喜の声を上げる。


「ほんと美味しい」


 それは小町先輩も変わらなかった。


「喜んで貰えて良かった。一応カカオ70パーセントで食物繊維が豊富なチョコを選んでいるので、いくら食べても大丈夫です」


「あはは。気にしてくれていたの? 優しいな、おいっ‼」


「まぁ一応な」


 星野さんのツッコミに俺は顔を赤面させた。


「米倉君も一緒に食べようよ」


「あっはい。俺も食べます」


 小町先輩の言葉に従い、俺も串でマシュマロを突き刺し、チョコをコーティングさせる。


「おっ!? 流石は米倉君。マシュマロも美味しいよね。私も次はマシュマロにしよ」


 星野さんも楽しそうだ。


「一応、チョコに合う具材を選んでいるから、どれを食べても美味しい筈だぞ」


 チョコに包まれたマシュマロを俺は口に放り込んだ。


 チョコレートタワーから口に運ぶまでの間に、コーティングされたチョコレートは温度が下がりチョコの表面だけ固まっていた。

 噛むとパリッとした歯ごたえが心地良く、チョコの甘みとマシュマロの甘い香りが重なり、舌の上で溶けていく。


「美味い!」


「米倉君、バナナも美味しかったよ。食べてみて」


 小町先輩は自分の食べた具材を進めてきた。


「はい。それじゃ次はバナナで行きます」


 チョコバナナという商品があるだけに、バナナとチョコのは相性がいい。

 感想を述べるのもおこがましいと思える程に美味しかった。


 俺達は色んな具材を楽しみながらチョコレートファウンテンパーティーを楽しんだ。

 全員が全種類の具材を食べた後、俺はおもむろに立ち上がると冷蔵庫から二つの新しい具材を取り出した。


「味変用にチョコレートシュガーとアイスクリームも用意していたんです。使ってみて下さい」


 チョコレートシュガーとはアイスクリームの上に振りかけるカラフルなチョコレートの振りかけだ。

 色々な味付けがされているので、振りかけると味変になる。


 アイスクリームはスプーンですくって、チョコの上に載せればチョコレートパフェの様な味を楽しめるだろう。


「凄すぎだろ!! 米倉君は私達を堕落させたいのか!?」


「本当、幾らでも食べれそう」


「そんな訳がないだろ? 俺はチョコレートのお返しにだな…… 楽しんで貰いたいだけだよ」


 美味しい料理があれば、会話も弾む。

 俺達は芸能人で誰が好きだとか? そんな他愛も無い話を楽しんだ。


 会話の途中で星野さんがアイドルで言うなら誰が好きだと聞いてきた。

 実際にはアイドルに興味が無いので、特に誰が好きとかは無い。

 そう言うのも詰まらないので、とりあえず星野さんがコンサートに行ったグループの名前を告げる。


 そのグループ名を聞いた星野さんは目を大きく開いて、とても驚いていた。

 その後、グループの誰が好きなのか? しつこく聞いてくる。

 星野さんの顔には【誰が好きなの?】と書かれていたので、本当に知りたいみたいだったが、メンバーのフルネームすら知らない俺は誤魔化す事しか出来なかった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、気付いた時には全ての具材が綺麗になくなっていた。

 これでこのパーティーも終了である。


 二週間も経てば4月となり、この料理部の廃部も決定してしまう。

 そう考えるととても寂しく思えた。


「今日はありがとうございます。料理部の最後の思い出として、こんな楽しい食事会が出来て本当に良かったです」


「米倉君……」


「……」


 小町先輩も星野さんも言葉を詰まらせた。


「それじゃ、片づけをしましょう」


「うん」


「私も」


 俺達は手分けをして片付けを行った後、荷物を纏めて教室から出ていく。


「星野さん、ちょっといい?」


 三人が教室から出た時、小町先輩が星野さんに声を掛けた。


「えっ!? 私??」


「うん。ちょっと二人で話があるんだけど、時間ある?」


「う、うん…… あるけど?」


「私達はちょっと話しをするから米倉は先に帰っててくれない?」


「あっはい。えっと外で待ちますよ?」


「いいから、いいから」


 小町先輩に背中を押され、俺は一人先に帰る事となった。

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