ジェムソン スタンダード ⑤
「お兄さんが頼んだアイリッシュコーヒーってどんなの?」
たまきにダメと言われ、何も言えずにいると彼女から話を振ってきた。
でも、適当に選んだからどんなのと聞かれても…………
「美味しいコーヒーかな…」
「どんな風に?」
悪戯な笑みで尋ねてくる。もう、僕が知らないって気づいているよね?
絶対悪意ある…でも、今の立場だと何も言えない…
「お兄さん、分からないんです?」
「…………分からな————」
大人しく分からないことを認めようとしていると、先ほどの女店員が左手にトレンチを乗せて、席の横へと立つ。
「アイリッシュコーヒーは、アイリッシュウイスキーをベースにして作ったコーヒー風のカクテルの事ですよ」
僕たちの会話が聞こえていたのか、助け舟を出してくれた。
「アイリッシュコーヒーってことは、ジェムソンとかブッシュミルズとかを使っているんです?」
最近、お酒の話を振られると勝手に体が反応してしまう。
職業病と言う奴だろうか?
僕の問いにニコリと笑みを作り返答をくれる。
「うちの店だと、『ジェムソン スタンダード』を使っています。実はうちみたいに本格的なアイリッシュコーヒーが飲める店は意外と日本に少ないんですよ。あっ、でもお客さんは未成年だと思いますので、今回はアルコールを使用せずに作っています。ですから、安心して召し上がれますよ」
「ありがとうございます」
僕はともかくとして、正面に座っているたまきは学校帰りでセーラー服を着ている。あからさまに未成年だから、あらかじめ配慮してくれたのだろう。正直言えば、『ジェムソン スタンダード』を使ったものも飲んでみたかったが、それはまたの機会としよう。
女店員は、注文の品を並べると一礼して去って行った。
ふと、たまきの方を見ると何故だか、顔を膨らませている。
「たまき、僕また何かしちゃった?」
思い返しても、何も心当たりがない。
そもそも僕がそんな顔したいくらいだ。
「今日…」
「うん?」
「お兄さん、さっき店員さんと話している時が一番楽しそうだった…」
「えっ?」
「私といても楽しくないんでしょ!」
「う、うーん?」
そうだったかな? 僕はただ世間話のようなつもりだったし。
「やっぱり、もう話は終わり。帰る!」
机をトンと叩いて、たまきは立ち上がる。そして、鞄に手を駆けだす。
僕は、そんな彼女の手を焦って掴んだ。
「たまきといる時間すごく楽しいよ。今日は…しっかりしないといけないって緊張していたから楽しくなさそうに見えたのかも…本当にごめん。だからもう少しだけでも…」
彼女はチラッと僕の表情を覗き込むと、「はぁ」とため息をついて席に戻ってくれた。
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