ジェムソン スタンダード 完

「それで?」

「何が?」

「今日の話って何?」

 いきなりですか、はい。女心難しすぎ!

「それじゃあ、話すね。まずは本当にすみませんでした」

 頭を机に振り下ろして、必死に謝罪する。そのまま顔を上げずに話を続ける。

「あの時の僕は…天音さんに早く認められないといけないって焦っていたんだ。そのせいで周りが全く見えなくなって…たまきはいつものように接してくれたのに僕は…

本当にごめん。君が許してくれるまでこの頭を上げない!」

 そのくらいの硬い意思があります、って示す言葉のつもりだったのだか…

「ふーん、じゃあずっとそのままでいてね」

 無情な言葉が飛んでくる。

「マジ?」

「別に上げてもいいけど、お兄さんの気持ちはそんな程度だったと思うことにするね」

「うっ……」

 謝罪の気持ちは本当なんだ…

 こうなったら満足いくまで、このままでいてやる。

そんな決意を固めようとしているとクスクスをした笑いが聞こえだす。

「冗談。冗談だよ。顔上げて」

 恐る恐る顔を上げると、悲しい顔でも膨れっ面でもなく、いつもの親しみのある笑みを浮かべた、たまきがいた。その表情に安心しかけていると

「でも、まだ許さないからね」

 小悪魔のような笑みでそう告げる。

「じゃあ、どうしたらいいかな?」

「うーん、お兄さんあれは覚える? あの約束!」

 約束…約束…そんなのあったかな?

「お、に、い、さ、ん?」

「ごめん、教えてくれないかな?」

 じとーっとこちらを眺め、また大きなため息をつく。

「『私のお願い何でも聞く』ってやつ!」

「あー、あれね。思い出した、思い出したよ」

「そのお願いの数を三つに増やすことにします。いいよね?」

「それで許してくれるなら…」

「はい、それじゃあそれで手を打ってあげるとしようかな」

「ありがとうございます、たまき様~」

「苦しゅうない」

 

 注文した料理や飲み物を完食して店を出る。お代は…僕の財布に深刻なダメージを与えましたとさ。そのまま二人、来た道を戻る。

「そういえば、一つ聞いてもいい?」

「なに? お兄さん」

 今日、最初から気にはなっていたが、聞けるような空気じゃなかったからそのままにしておいたことがある。

「敬語どこ行ったの?」

 あの日までのたまきは僕にも、一応は敬語を使ってくれていた。

でも、今日は、ほぼ最初からため口だ。別に嫌と言うわけではないが変な感じがしてしまう。

「敬語のたまきちゃんはこれにておしまい、終了、廃止となりました。ご愛顧ありがとうございます。これからはため口のたまきちゃんをお楽しみください」

 どこかのメイドさんみたいにニコリっと宣言する。

「…………」

「文句がある?」

「いいえ、たまき様に文句などございません」

「なら、いい」

 心の中で小さくため息をつく。

ちょっと生意気になった気がするなぁ。まぁ、いつものように戻れたから良しとしますか。

「早速! 一つ使うね」

「分かった…」

 ゴクリとつばを飲む。生意気になった彼女はどんな残虐非道なお願いをしてくるのだろうか…

「今度の週末、近くのお祭り一緒に行く! 返事は?」

「畏まりました」

 仕事の方は…後で天音さんに相談しないとな…………

「じゃあ! 朝一から準備しておいてね!」

 そんな風に告げるたまきの顔は、太陽のような笑顔であった。

もうそんな笑顔を向けてくれないかもと思っていたから、もう一度それが見られて心の底から安心する。もう二度と、彼女からこの笑顔を奪わないように気を付けよう。

そう固く決意を固め、それから続く彼女のくだらない話に相槌を打ち始める。

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