こどもののみもの ③

 ゆうき君の母親は、電話から15分もせずに店に来た。店に入ってきたときは肩で息をして、髪も少し乱れていた。世のお母さん本当に大変だなって心の底から感じさせられる。

僕の小さい頃はあんな風に…今度お礼言わないとな。

 一息つけるように、母屋からお茶を持ってきて母親に渡す。それを、遠慮がちに受け取って口を付ける。そうして、落ち着きを取り戻すと頭を下げだした。

「すみません、すみません。色々と所用があって少し目を離した隙に、家を出ていたみたいで………連絡ありがとうございます。本当に、本当に……」

 ペコペコ、ペコペコ。過剰なくらいに頭を下げてくる。

あまりに頭を下げられすぎて、こっちが申し訳なくなってくる。

謝罪を止めてもらうため。それと、先ほどのゆうき君の謎の『さようなら』の意味を確かめるため母親に尋ねることに。

「あの、ゆうき君が『さようなら言いに来た』みたいなんですけど……どこかに旅行でも行かれるんですか?」

 僕が母親に問いかけるとゆうき君はまた「だから! さようならだよ」

と言ってきた。ポンポンと小さな頭を撫で、相手をしながら母親の話に注意を向ける。

「実は、十月に家族揃って海外に引っ越すことになったんです」

「えっ?」

 ゆうき君の父親が、どこかの国に単身赴任しているのは知っている。

でも、子と母がこちらに留まっていることから、短期的なものなのかと思っていた。

「もともとの予定だと一年くらいで帰ってくる予定だったんですが、同僚が退職したことで期限が未定になり、もしかしたらずっと戻って来られないかもしれないんです」

「だから、引っ越しということですか…」

「はい……ゆうきのことを考えると、出来るだけ早く引っ越したほうが現地に慣れやすいかなと…それに、主人もゆうきに会いたがっていますから」

 保育園や幼稚園で挨拶は大事って教わる。そのため、律儀に店に挨拶しに来てくれたのだろう。ゆうき君にとって挨拶しないといけない存在になれて、素直に嬉しい。

 僕が納得したのが分かったのか、ゆうき君はまた

「お兄ちゃん、さようなら」と言ってきたから僕も「さようなら」と丁寧に返しておいた。


 最後になるかもしれないからと、ゆうき君との時間を楽しむ。

その間、母親は横にいる。忙しいのに申し訳ないと感じていると、ふと妙案が浮かぶ。

「ゆうき君を見ながらだと、引っ越しの準備大変ですよね。もし良かったら、少しの間僕で良かったらゆうき君の面倒見ます。どうですかね?」

「嬉しい申し出ですけど…」

「店も今日は暇ですし、一、二時間くらいなら構いませんよ」

 僕の提案に母親は少しの間考える素振りを見せる。

それから、僕に撫でられて嬉しそうな顔をしているゆうき君の顔を見て、決断する。

「分かりました。お願いしますね。二時間くらいしたら迎えに来ます」

「任せてください!」


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