インドの青鬼 ③
「たまきどうしたんだ? お前の怒鳴り声が聞こえたんだが」
心待ちにしていた人ではなくて悲しくなってくる。
「何でもないです…………」
この人じゃない。もういいや。
家に帰ろうと思って足を進めようとすると、肩を掴まれる。
「何かあったんだろ?」
問いかけに首を傾げるが、すぐにその理由が分かった。
何だか目元がものすごく熱くなっているのだ。
「何でも…」
ここで認めたら負けな気がして、否定しようとする。
でも…………涙は溢れ出してくる。
足に力が入らなくなってきて、その場に崩れ落ちてしまう。
「う、う……う、う…………」
そんな私に天音さんは駆け寄り、「はぁ」とため息をつくと優しく頭を撫で始める。
次第に落ち着きを取り戻すにつれて、頭を撫でられている状況が恥ずかしくなり、天音の手を掃う。それが、「もう大丈夫」と言う意味だと分かったのか、天音さんは大人しく手を引っ込めてくれた。
「ありがとうございます。そろそろ帰りますね」
恥をこれ以上重ねたくない一心でその場を離れようとするが、また肩を掴まれる。
「なぁ、たまき行ってみたいカフェがあるんだ。一緒に行かないか?」
と天音さんが切り出してきた。肩にかかる手の力は一向に弱まらない。多分、どんな返事をしても無理やり連れていく気なのだろう。
「奢りなら」
と返すと、彼女はニッと笑って「行くぞ」とだけ言った。
彼女が行きたがっていたカフェは、どこにでもあるようなチェーン店であった。
たぶん、カフェが目的ではない。
私と話をするためだ。気を遣って場所を変えてくれたのだろう。
ここまで来たら話さないわけにはいかない。でも素直に話すのは少し癪なのでカフェのメニューの中で値の張る抹茶ラテにいろんなオプションをつけ、さらにチーズケーキとドーナツを頼んでやった。
「良く食うな」
と笑われたから
「成長期ですもん」と言い返しておいた。
食べ終わると本題に入られる。
「さっきはどうしたんだ?」
ここまでしてもらっておいて言わないのは無しだろう。でも…………
「大輔と喧嘩でもしたか?」
天音さんは優しく問いかけてくる。子供扱いするように。
子ども扱いは嫌だから、はっきりと言うことにする。
「お兄さんが変です。いつもは構ってくれるのに今日はすごく素っ気なかったんです。
私なんか眼中にないのか、ずっとパソコンに釘付けで…何しても構ってくれなくて…
それで、段々私がイライラしてきて…大きな声上げちゃいました」
「たまきも変だと思うか…」
天音さんへと視線を向けると、その表情には心配という気持ちが溢れ出ていた。
「天音さんもですか?」
「ああ。なんというかのめり込み過ぎているような気がするんだ」
「何に?」
「売ることにかな…。店としては嬉しいことだが…それにしてもちょっと度を越してきている。最近は夜遅くまで何かしているみたいだし、少し心配なんだ」
「何かあったんですかね?」
「分からんな。こっちも悪いことしているわけじゃないから強く聞きにくいしな」
「じゃあ、私が!」
「いや、もう少し様子を見てあげよう。何か変わろうとしているのかもしれないしさ」
今すぐにでも問いただしてやりたい。でも、お兄さんに一番近い人が我慢しているのに私なんかが聞いてしまうのは…
「分かりました…」
否定なんてできなかった。
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