インドの青鬼 ②

「お兄さん、何しているんです?」

 何をそこまで考えているのか知りたくて問いかけた。

「何って? 棚に入れるものを考えているんだよ」 

 そういえば、昨日まであった木桶やお猪口が撤去されている。

「ひやおろしでしたっけ? もう全部売れたんですか?」

「うん、残り一本まで売れたから流石に撤去したんだ」

「へぇ~ あの陳列お兄さんらしくて好きだったのにもう終わりなんですね…ちょっと残念です」

私の適当に発した誉め言葉に急にお兄さんは目の色を変える。

「本当に?」

「何がです?」

「あの陳列良かったと思うんだよね?」

 いつもよりだいぶ強引な聞き方をしてくる。それに少し驚いてしまい

「は、はい……」と曖昧な感じの返事をしてしまった。

そのせいか、お兄さんは残念そうな顔を浮かべ、パソコンに視線を戻してしまう。

 何となくだが、今は構いたくないって思いが伝わってくる。

でも、そんなの知ったことか!

「お兄さん~ な~に調べているんです? まさか、この前みたいに変な画像を見ているんじゃ」

 わざと面倒くさい感じで聞いてみた。

でも、お兄さんは何も返事をくれない。

「無視するなら勝手に覗きますよ~」

と一応声をかけて、それでも返事がないから覗き込む。

パソコンに映っていたのは、当り前だが変な画像とかではない。

検索エンジンで『クラフトビール』と検索していたのだ。

 お兄さんは検索結果の中からいろんなサイトを覗いては、気に入ったものがあれば手元のメモに名前を書きだす。そんなことをしているようだ。

私が覗き込んでも、気にせず作業を続けている姿に少しイラっとしてくる。

「お兄さん、クラフトビールって普通のビールと違うんですか?」

「………………」

「あっ! この『水曜日のネコ』ってビール可愛いですね」

「………………」

「へぇ~ 赤味噌のビールなんてあるんですね」

「………………」

 いくら話しかけても返事がない状況が続く。

イライラと同時に、虚しくなってきた。

これなら…家に一人でいるのと変わらない……

でも、もう少しすればお兄さんも構ってくれるかもしれない。

「クラフトビールってカラフルですね。沢山並べたら映えそうですね」

「………………」

「みかんのビールって美味しいんですかね?」

「………………」

 もう限界だ。もう我慢できない。

いつの間にか私の手は勝手に動いていた。

お兄さんがノートパソコンから手を引っ込めた隙に、バーンと上画面を閉じてしまう。

そして、口も勝手に動き出す。

「お兄さん! いい加減にしてください!」

 私がいきなり声を上げたことでお兄さんは目を丸くしている。

私も自分がなんでこんなことをしてしまったのか、分からずいたたまれなくなる。

「たまき…?」

 お兄さんが私の名前を呼ぶと同時に、私はその場から逃げるように走り出していた。

そうして店を出て少ししたところで、立ち止まる。

もしかしたらお兄さんが追いかけてきてくれるかもしれないから。

だが、待っても待ってもお兄さんは出てこない。

「私ってそんな程度だったの…………」

とこぼしそうになっていると、遠くの方からドタドタ足音が聞こえて来る。

お兄さんが来てくれるのだと思い、期待の眼差しをそちらに向けるとそこにいたのは、「酒の大沢」の店主、天音さんであった。

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