インドの青鬼
「酒の大沢」
に私(中町たまき)は毎日のように通っている。
学校が大体16時に終わる。一日中退屈な授業を耐えきったのだから、気晴らしにクラスの友達とお喋りしたいのだけどみんな塾があるからと言って、急いで家に帰ってしまう。
昨日見たカピバラの動画の話とか、理科の先生の首元にキスマークみたいなものが見えた話、近くに出来たカフェの話。言いたい話がいっぱいいっぱいあるのに!
このストレスみたいなものを、貯めないようにするためにも「酒の大沢」にいるお兄さんに会いに行く。これが最初に通い始めた理由だった。
でも、少し前から理由が増えた。
「気になっている人に会う」
最近ではこれが一番の理由になっている節がある。
今日もお兄さんに会うために店に来た。
「こんにちは! お兄さん来ましたよ~」
あれっ? いつもは返事がすぐに飛んでくるのに。
慣れた店の中をぐるぐると回ると、奥でぶつぶつと独り言を言いながらノートパソコンをいじっているお兄さんを見つける。
「次は、クラフト…… まだ秋ビールが…………ちょうどいい…………
ひやお…………は残り一本だから…………レジに置いとけば…………」
誰かに聞かせるつもりのない独り言だからか、言葉は途切れ途切れにしか聞こえてこない。
真剣に考えているのか、結構近づいているのに全く気が付かない。
何でそんなに取りつかれたみたいな顔をしているの?
と問いかけたくなるが、その気持ちを押しのけて他の気持ちがこみ上げてくる。
こんなに無防備なお兄さんは珍しい。
悪戯心がふつふつと上昇してくる。
少し離れている距離をそーっと縮めて…………
「お兄さん!」
といきなり大きな声で呼びかける。
その声にお兄さんは目を丸くして「ふへ?」と素っ頓狂な声を上げる。
そして、次第に状況を把握したのか
「たまき、来るのは構わないけど驚かせるのは辞めて欲しいな」
と言ってきた。
もっと面白い反応を見せてくれると思っていたのに……
まぁ、それはいいとしよう。
「お兄さん、何か言うことはありませんか?」
「うん? あっ、学校お疲れさま」
「はい!」
お兄さんに労ってもらうとすごく元気が貰える気がする。
でも、なんでか今日の「お疲れ様」はいつもと違うような…そんな日もあるよね。
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