生酛ひやおろし ③

「他のお酒みたいに常温ではダメなんですか?」

 冷やしたほうが美味しいお酒は沢山ある。

でも、それらは必ずしも冷やさないといけないわけではないのだ。直射日光と湿度さえ気を付けさえすれば、常温でも保存できる。現にうちにはたくさんのお酒が常温で並べられている。何故、ひやおろしだけ冷やさないといけないのか…

「ひやおろしは特に劣化が激しい酒なんだよ。常温で保存したり、直射日光にさらされたりすると折角の繊細な味わいがなくなってしまうんだ。だから、それを防ぐために保管する時は冷蔵する必要があるんだ。だから、お前の棚に並べることは出来ない。それでも陳列やってみるか?」

「それは……」

 やる。と即答できなかった。今回自分がやりたいと言ったのは自分の棚の成功のため。

自分の棚で出来ないのならと思うと…………

いや、待てよ!

「やります!」

 物は考えようだ。別に現品を並べる必要はないのだ。

「それじゃあ、任せる」

「はい!」


 その日の営業を終えた僕は、コンビニに駆けた。

写真をプリントするためだ。印刷を終えると営業を終えた店舗に戻る。

そして、印刷してきた紙とダンボールで工作を始める。

 何を作っているのかと言うと、おもちゃ屋さんに並べてある盗難防止用のゲームソフトのダミー箱と同じことをするための言わば、ダミー板を作っているのだ。置けないのならば置かなければいい。その商品がありますよってお客さんに知ってもらえさすればいい。

少し大きめに印刷してきたパッケージの写真に『冷蔵庫で冷えています』なんて書けば、欲しい人は自分から声をかけてくれるだろう。

これだけでも陳列は一応できている。でもこれだけじゃ弱い。さらに手を加える。

コンビニの帰りに寄った百円ショップで買った紅葉型やイチョウ型の色紙を適当に棚に散りばめる。そして、作ったばかりのダミーを両サイドに並べる。

残りの中央には、店で売れ残っている徳利とお猪口を並べ、その奥に母屋にあった木桶に真っ白なタオルをかけて置く。そうすることによって、『紅葉を見ながら、温泉につかり、ひやおろしを楽しんでいる』ような情景を作り出すことが出来る…………はず。

 並べてから遠目で見ると、頭の中で思っていたよりも絵になっている。

「これなら…売れるかもしれない。そうなれば……証明できるはずなんだ…」

 ぶつぶつと独り言を放ちながら、夜遅くまで手を加え続けた。


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