生酛ひやおろし ②

 天音が仕入れてきたひやおろしは沢山荷台に積まれていた。それらを荷台から降ろしながら、いつものように質問をぶつける。

「そもそも、ひやおろしって何です?」

「定義で言うと、『厳寒期に醸造した清酒を一夏越して調熟させ、秋口に入ってほどよい熟成状態で出荷するもの』なんだが、良く分からんと思うから簡単に言うと火入れを一回しかしていない清酒だな。清酒は大半が、劣化を防ぐために二度火入れを行っている。でも、ひやおろしは火入れを一度しかしないんだ。その一度しか火入れしていない酒をゆっくりと熟成させたものをひやおろしと呼ぶんだ」

 ちなみにだが、『清酒とは水と米を原料にした、濁っていない酒』のことだ。それくらいは僕でも分かると踏んでこんな風な説明をしてくれたのだろう。

「一回とか二回でそんなに変わるもんですか?」

「ああ、大きく変わる。火入れをすることで品質が安定しやすくなるってメリットがあるんだが、繊細な味がなくなってしまうというデメリットもあるんだ。で、最近では冷蔵技術が上がってきたこともあって、火入れを少なくした繊細な味を楽しめる酒が出回るようになってきたんだ」

「なるほど…そういえば、秋ビールみたいに夏の終わりから入ってくるわけではないんですね」

 季節ものは少し早くから店に並ぶ。服屋などと同じで酒屋でもそれが基本だと思っていたのだが、ひやおろしは違うのだろうか?

「少し前までは8月の末から売っていたんだが、最近ひやおろしの解禁日ってのが出来てその日からしか販売できなくなったんだ」

「解禁日?」

「9月9日。この日にならないと売ってはいけませんよ。って日だな。破ったからって罰が有るわけではないんだが、いろんな酒屋や蔵元がそういう動きを見せているからうちも合わせているんだ」

 でもそうなると今ここにあるのは良いのだろうか? 今日はまだ7日なのだ。

「今、店にありますけど問題ないんですか?」

「それは大丈夫だ。売ったり、封を開けたりしなければ問題にならない。それに、解禁してから仕入れていたんじゃ他に後れをとっちまうからこうして、少し前から仕入れているんだ」

「へぇ~」

 そんな風に相槌を打ちながら僕は、頭を巡らしていた。

これなら僕の棚にぴったりではないだろうか?

隣に秋ビールがあるし、秋物を置くのが一番いいに決まっている。

これを沢山売ることが出来たらきっと………

「僕に、ひやおろしの陳列任せてください!」

 考えがまとまると同時に唐突に切り出した。そのせいか、一瞬天音が目を丸くするがすぐに返事が来る。

「任せるのは構わない」

「なら…」

「でも、どこに並べるつもりだ?」

「僕の棚に…」

「そいつは無理だな」

「えっ?」

「ひやおろしは基本的に冷やして保存しないといけないんだよ」

 今度は僕が目を丸くする番であった。

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