生酛ひやおろし 完

 結果だけ言うとひやおろしの売り上げは順調であった。

 たくさん仕入れたと思っていたが、毎年買う常連さんや居酒屋の分を差し引くと半分以下になっており、それらは僕の棚のおかげか一瞬で売れていった。

木桶や徳利で興味を引き、そのままお買い上げと言うパターンが多く見られた。

僕の陳列は成功と言っても過言でないだろう。

 これだけ売れるなら、さらに仕入れたほうがいいのでは? 

という考えが浮かぶのだが、天音に

「こういうのは引き際が肝心。多分もう少し仕入れても売れると思うけれど、そのうちピタッと売れなくなる。焼酎とかならまだいいけど、足が特に早いひやおろしは売れずに廃棄になることが目に見えている。だから、今店にある分を売ったらこれで今年のひやおろしは終了にする。チェーン店とかのように他の店舗に移動とか出来たならもっと気楽に取れるんだけどな。うちのような弱小は欲張っちゃいけないのさ」

と聞く前にダメだと言われてしまった。一応残り十本くらいは残っているから、それを売り切るまでは陳列を続けたいと思う。


 今回の陳列で僕は証明できたのだろうか?

 僕が「酒の大沢」に必要な存在であると。

僕がいないと「酒の大沢」、いや天音が困ってしまうのだと。

 川出から働きながら学校に通うのは辞めたほうがいいと言われてしまった。

その後はなんて言われたのかよく覚えていないけど、たぶんダメだと念を押されたのだろう。

確かに、川出の言う通り大変なことがいっぱいなんだと思う。

でも、もし僕を天音が必要だと思ってくれているのなら…………

どんな大変な道でも突き進める。

 今回の成功だけじゃまだ足りない。

天音がやっても同じように売れたかもしれない。

もっとだ…もっと…もっと…もっと……もっと

僕がいたから沢山売れたんだ。

僕がいないと店がダメになるんだ。

ずっとここにいて欲しい。

そんな風に天音が思ってくれるようにならないと。

そうじゃないと…そうじゃないと…

僕の居場所がなくなってしまう。

また一人に戻ってしまう。

ここにいる僕だから、みんなが一緒にいてくれるのだ。

もし普通の学生に戻ったら…「酒の大沢」の僕じゃなくなったら…………

一人はもう嫌なんだ。

一年前に戻りたくないんだ。

だから……だから…………

ここにいてもいいと言ってもらえるまで証明し続けないといけない。

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