キリン秋味 ②
「お兄さん~ おはよう」
夏休みを満喫している中町たまきが、荷台にいる僕に声をかけてきた。
「ああ、おはよう。悪いけど、急いで荷物入れないといけないからすぐには構えないよ」
「別にいいですよ~」
そう言って、涼しい店の中へ入っていった。
ある程度台車に荷物を乗せて店に入れようとしていると、入り口のところに椅子を持って来た、たまきが足をプラプラさせながら退屈そうに僕のほうを視線を送ってきている。
今のたまきの恰好は、水色のワンピースにサンダルとすごく夏らしいものだ。手には麦わら帽子が握られており、それも夏感を上げている。
「暇なら手伝ってくれてもいいんだよ~」
冗談半分で言ってみた。すると—————
「この格好の女の子にそんなことさせるんですか? もしかして、手伝い以外の目的が…
お兄さん変態さんですか?」
と罵詈雑言を浴びせられる。
「違うんだよ…そんな思いはこれっぽっちも…」
言い訳をするがそれも————
「私に魅力ないって言うんですか! 酷い…」
何言っても詰みのようだ。
「ごめん。たまき今日の会話、最初以外全部忘れて」
「えー、どうしようかな~」
「そこを何とかお願いしますよ~」
「なら、条件があります!」
「何?」
「私のお願い一つだけ、何でも聞いて!」
「条件次第かな…」
「な・ん・で・も!」
「いや、だってさ~ 何でもは流石に…」
「な・ん・で・も!」
「分かったよ…」
「フフフ、お兄さんも甘いですね」
僕が折れると、二カーっと笑顔を作るたまき。
これは嵌められましたね。
「いいですかお兄さん? 約束は絶対ですからね!」
「慈悲の心をどうか…」
「私の機嫌次第ですよ!」
「うっ、う…」
このお姫様、天音と違った意味で怖いね。
と、こんな風に遊んでいる暇はないんだった。
「ごめん。今日はお願い聞けないかも」
「いいですよ~ 一番良さそうな時に取っておきますね」
出来ることなら早く願いをかなえて楽になりたいが、酒の鮮度が心配だ。
たまきを置いて仕事に戻る。
それから、暫く品を入れていると店の方からたまきが出てきた。
「お兄さん~ 天音さんが休憩しろって言ってますよ~」
「分かった~」
大人しくたまきのもとへ戻り、水分補給をする。
「天音さんは?」
「奥に戻りましたよ」
「そっか。あ、秋のビールどこ置くか決めて欲しいって言っておいてくれない?」
「はーい。秋ビールですね」
「よろしく」
今日はいつもの商品の他に、ある商品が届いている。
それは、秋限定のビール。
ビールの季節ものは、その季節が来るだいぶ前から店に並び出す。
例えば、桜のビールなら一月の末から、冬ビールなら10月~11月。そして、その季節になるころには全て無くなっていることが多い。秋のビールも例にもれず、残暑の厳しいこんな日から店に並び出すのだ。
で、その置き場はどこがいいか僕じゃ判断つかないから、天音に聞こうと思っているが、今は奥で何か他の仕事をしているみたいだし、都合のいい時にたまきに伝えてもらうほうが良さそうだと思った。だから、たまきに伝言を頼んだ。
さらに、仕事を進めているとたまきから
「そこの棚に並べろ。だそうです」
と返事が来た。
「了解。ああ、そうだ。瓶は少ないけど出していいか聞いてくれる?」
「はい…」
また————
「瓶は常連さんに売るから出さないで欲しいそうです」
「分かったよ。ごめん、もう一つ———————」
「お・に・い・さ・ん」
もう一度伝言を頼もうとしていると、怒気をはらんだ声でお兄さんと呼ばれる。
「何かな?」
恐る恐る問いかける。
「私は伝言板じゃないですよ! 用が有るなら直接言ってくださいよ!」
と割と真剣目に怒られた。
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