薩摩七夕 完

 たまきの活躍によりその日のうちに完成した七夕飾りは、翌日からお客さんの注目の的になっている。

 コルクボードの前に、短冊を置いておいて自由にお願い事が貼れるようにしたおかげか、沢山のお客さんが願い事を貼ってくれている。

『うまい酒がずっと飲めますように』

 酒屋らしいお願いだね。

『彼女ができますように』

 うーん、それは難しいかな

『ガチャの天井はもう嫌だ』

 それ、願いじゃなくて悲鳴だよね?

 このほかにもたくさんのお願い事が貼られている。

 その中には僕のお願い事も貼られている。

『夢を見つけられますように』

 お願いというよりも、宣言のようなつもりでこんな風に書いた。

頭の中で考えているだけよりも、書き出したほうがいいと聞いたことがあるから。

 天音さんにも協力してもらった。

『店の繁盛』

 彼女らしい、シンプルなお願い。

 それが叶うように僕も頑張らないとね。

 沢山の願い事が貼られているのだが僕と一緒にこれを作った、たまきのお願い事はまだ貼られていない。記念に最初に貼ったらと言ったが、後で良いと言って譲らなかった。

 もうすぐ店に来るはずだから、その時に貼ってくれるだろう。


 それから、予想通りたまきが店に来た。

 沢山のお願い事が貼られたコルクボードを見てテンションを上げている。

「お兄さんすごい! すごい! これ私が作ったんですよ!」

「一応僕も手伝ったよ…」

「すごい! すごい!」

 嬉しそうな声を上げているたまきには僕の声が聞こえていないようだ。

そのあと、落ち着いたたまきにお願いごとのことを尋ねる。

「たまきはお願い事何にしたの?」

 僕が尋ねると、彼女は露骨に視線をそらし始める。

「さぁー」

「折角だから教えてよ」

「嫌」

「えっ?」

 心なしか頬が朱に染まっているような気がする。

「嫌です」

「どうしても?」

「嫌!」

 これ以上問いただすと、彼女に嫌われそうだから聞くのは辞めておこう。

少し気になるけど、我慢我慢。

 このまま押し問答していたら、自分の気が変わってしまいそうだから話を変えることに。

昨日から言おう言おうとして言えなかったことを伝える。

「たまきのおかげでいい棚が出来たよ。本当にありがとう」

 素直に感謝を伝えると、たまきはいつもの調子に戻って返事を返してきた。

「次もたまきちゃんの力使ってもいいですよ!」

「思いつかなかったらお願いするね」

「任せてくださいよ!」


***********


 私(中町たまき)はまだ少し明るい夜道を一人歩いている。

 私の手には一枚の短冊が握られている。

 その短冊はお兄さんと話しているときからずっと握られていた。

 思い切って昨日の夜に書いてみた願いだけど、お兄さんに見せる勇気が出なかった。

だから、ずっと手の中に押し込めていた。

 店からだいぶ離れたしもういいかな。そう思ってくちゃくちゃになった短冊を見つめる。


『いつまでも一緒にいられますように』


 やっぱりこんなお願い見せられない…

今の私が一番落ち着くあの場所。

少し頼りないあの背中。

肝心な時は支えてくれるあの優しさ。

でも、それはいつまでもあるわけじゃないから。

確実にその日が近づいている。


「ずっと一緒にいたいって思うのは、ダメだよね…」


 ポロリと一粒滴った。

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