バランタイン ファイネスト
「酒の大沢」
での生活もとうとう半年という月日が過ぎ去った。
ここに来たのはビールのように冷たい風が吹き荒れる正月明けの日。
今では、シャシャシャシャとクマゼミの鳴く声が聞こえてきだしした。
ここでなら『夢』が見つかると思って、学校を休学してまでここにいることを決めた。色々な初めてのことを経験してすごく自分は頑張っていると感じていた。
だが、最近ふと思う。
「僕はまだ一歩も前進してないんじゃないか」って。
お酒の知識や店員としてのスキル、筋力などは日々上がってきている。
でも、肝心の『夢』や『未来』について何も取り組めていない。
薄っすらとした影すら見えていないのだ。
いや、後退しているのではないかと思ったことすらある。
最たる例は、勉強。
この前の店の休業日。
何となく手持無沙汰で、近くの本屋さんに足を運んだ。
色々見てみたが惹かれる本がなく仕方ないし帰ろうと思っていると、たくさん並んだ赤い本が目に入る。その正体は赤本、つまり大学入試過去問題集であった。
兄が数年前に買っていたから家にも何冊か置いてあるはず。
「酒の大沢」に来ることが無かったとしたら、あの事件が無かったとしたら、僕も今頃この本と睨めっこしていただろう。適当に一冊手に取ってパラパラとめくっていく。
「えっ?」
思わず声を上げていた。
僕がいきなり変な声を上げたせいか近くにいた店員さんが「何かありました?」って心配そうな顔して聞いてきた。その声に僕は「何でもないです」と言って、店から飛び出していた。
本屋から少し離れた公園のベンチに腰掛けて、さっきの光景を思い出す。
赤本の中に広がる問題の海。
英語で書かれた長文、古語で書かれた詩、並々と動くグラフ。
ずいぶんとひさしぶりそれらを見た。少し前まではすごく見慣れていたはずのそれら。でも、さっき見たそれらは僕の知らない、見たことがないようなものになっていたのだ。あの問題も、その問題も、簡単なはずの問題も、難しい問題も全部、全部。
分からないんだ。
答えが。解き方が。途中式が。
全部、全部分からないんだ。
すぐに分かった。何でこうなってしまったか。
『離れすぎたんだ、勉強から』
大人が小学生の問題を解けないのと同じだ。
毎日やっていれば、当り前のように出来る問題もやらない日が続くにつれて出来なくなっていく。たまきに勉強を教えられていたから若い僕は大丈夫なんだと思っていたけれど、そんなはずなかった。確実に劣化している。
背中から変な汗が出てきた。
頭がグワングワンしてくる。
やばい、やばい、やばい…
このままじゃやばい!
『夢』が見つかってもこのままじゃ叶えられない。
そこに行くまでの道がこのままじゃなくなってしまう。
「何とかしないと…」
この日から僕の中に「焦り」が渦巻き始めたのだ。
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