鍛高譚

「酒の大沢」

 は私(中町たまき)の最近の居場所になっている。

 仕事が忙しい両親が帰宅するのは早くても21時過ぎ。

少し前までは友達と遊んでそれまでの時間を潰してきたけど、最近はみんな受験に向けて塾通い。そのせいで、今年の初めから一人ぼっちの時間が多くなっていった。

 私は自分で言うのもなんだが、かまってちゃんだ。誰かが近くにいてくれないと不安で仕方が無くなってしまう。そんな私に『一人』は辛すぎる。

そのせいで馬鹿な真似をしそうになったこともあった。

 それを止めてくれたのが少し間抜けなお兄さん。

口うるさいところもあるけれど、嫌な顔一つせずに私の相手をしてくれている。

もし、お兄さんに会ってなかったら今頃本当に馬鹿なことをしていたに違いない。

感謝してもしきれない。まぁ、本人には絶対に言わないけどね!


 今日も、学校帰りにお兄さんとお話ししようと思って店に来た。

ガーっと開く自動扉をくぐると、チーンっていつもの音が聞こえて来る。

 その後はいつも必ずお兄さんの「いらっしゃいませ」が飛んでくる。

「あれ?」

 でも、今日はその声が飛んでこない。

 一瞬、今日は店が休みだったかと思ったが、自動扉が開いている時点でそんなはずはないと思い直し、奥へと進んでいく。

 たぶん奥で作業をしていて音に気が付かなかったのだろう。

 店の中をぐるりと一周する。

 だが、肝心のお兄さんの姿がどこにもない。

「お兄さん、たまきちゃんが来ましたよ~ いないんですか?」

 不安な気持ちに襲われて、それをかき消すように声を出してみる。

「……」

 沈黙が続く。

「ちぇ、今日はお兄さんいないのか…」

 誰もいないこんな店に用なんかない。

 諦めて店を出ようと思っていると、奥にある引き戸の方から足音が聞こえて来る。

あそこは確か母屋につながっている。

 なんだ、母屋で何かしていたのか~

「お兄さん、遅いですよ~」

 出てくるのは、お兄さん以外ありえないと思ってそう言葉を発していた。

「悪かったな。大輔は今いないぞ」

 帰ってきたのは女性の声。お兄さんの声ではない。

それから、扉を開けて出てきたのは長い髪をかんざしで留めた美しい女性。

やっぱりお兄さんではない。

 お兄さんではないがこの女性のことを私は知っている。

でも、少し苦手意識があるからか思わず

「げっ」

と言ってしまっていた。

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