ザ・プレミアム・モルツ 完

「それが一体?」

 天音の言葉の意図をまだつかめていないのか、兄がそう尋ねる。

「サントリーの創業者の鳥井信次郎は何か新しいことに挑戦しようとするたびに、この言葉を発して諦めようとしなかったんだ。その言葉のおかげで今ではサントリーは大企業だ。それに、いつの間にか社員たちにも伝染していって、社員たちの心の支柱みたいなものになっていったし、この言葉をもとに『結果を恐れてやらないことは悪で、なさざることを罪と問う』という考え方もサントリーの中に芽生えていった」

 天音はおもむろに兄が飲んでいるザ・プレミアム・モルツの缶を持つ。

まさか飲むのではと一瞬身構えたがそんなことは無かった。

「このビールも「やってみなはれ」の精神をもとに作り出された。サントリーは1960年代、ウイスキー事業で莫大な功績を果たしていた。でもそれで満足せず、社内に緊張感を持たせるために一度失敗したことのあるビール事業に再参入することを二代目の佐治敬三が決めた。

勿論、社内からは猛反対。でも、そんな時に父である新次郎が「やってみなはれ」と背中を押してくれたことで、ビール事業に乗り出せた。もし、新次郎の言葉「やってみなはれ」が無かったら今ここにあるプレモルも無かったかもしれない」

 今では、ザ・プレミアム・モルツの他にも金麦やジョッキ生などもサントリーでは有名になっている。ただ、一人が発した言葉である「やってみなはれ」。たった7文字が今の莫大な産業のもととなったと聞くと嘘のように思えるかもしれない。でも、実際に僕も天音の言葉おかげで立ち直ることが出来たのだ。言葉がもっと大きな奇跡を起こしても不思議じゃない。

「遼輔、私もお前にこう言ってやる。「やってみなはれ」。何事にも早いも遅いもない。やりたいと思ったことがあるならやってみればいい」

「ここまで親にしてもらったのに、今更…」

「姐さんたちも分かってくれるはずさ。お前が本当にやりたいことなんだと伝えてみろよ。親なら、きっと応援してくれるはずさ」

「でも…、でも…」

 兄は自分の中のやってみたいって気持ちと、今まで植え付けられてきた気持ちで板挟みになっているようであった。兄は唇をかみ、頭を掻き、必死に自分の中の気持ちを戦っている。

何か後押ししてあげたい。ずっと、僕のお手本でいてくれた兄への感謝を伝えるためにも。

「あっ!」 

僕の中に浮かぶ言葉の中から答えのような物が浮かんできた。

「兄さん、たまにはさ僕の真似してみない? ずっと、僕は兄さんの真似してきた。

そのせいで、兄さんにはすごく負担をかけていたと思う。だから、今日は僕の真似をしてみてよ。僕みたいにさ、心の底からやってみたいと思えることをやってみようよ!」

 ハハハ。

 兄の口からこぼれたのはそんな明るい音であった。

「大輔の言う通り、自分のやりたい道を歩んでみようかな」

 兄は楽しそうにそう呟いた。


 一泊した兄は、朝一に帰路についた。 

 まずは大学に通いながら、寿司屋さんでバイトでもしてみようかなって言っていた。

ゆくゆくは、自分で店を開くんだって語っていた。

 その時の兄の顔は僕が今まで見た中で一番楽しそうな顔であった。

 まだ時間があると先送りにしてしまっている『夢』を見つけること。

僕もそろそろ本格的に取り組んでいかないといけないな。

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