清洲城信長 鬼ころし
「酒の大沢」
にはお年を召した方が沢山訪れる。
僕が初めて応対した三田百合を初め、百合よりも年がだいぶ上の方々が沢山来るのだ。
少し耳が遠くて、声がやたらと大きく、レジ前でもたもたするから最初の方は苦手であったけれど、最近は慣れてきたからかそんな風に思わなくなってきた。
今ではむしろ、「ありがとう」とか「また来るよ」とかをよく言ってくれるから、お年寄りの方がいいまである。やっぱり、口に出して言ってもらえると嬉しいからね。6月も近づいてきた平日の今日。
GWの喧騒が嘘であったかのようなのんびりとした時間を過ごしている。
チーン
「いらっしゃいませ」
店に入ってきたのは常連のおじいちゃん。
でも、いつもと様子が違う。額から血が出ているのだ。
「大丈夫ですか?」
焦りに焦った僕はとりあえず、タオルを持っておじいさんに駆け寄る。
だが、当の本人は何故僕が焦っているのか分かっていないようだ。
「あーん、どうしたよ~ 兄ちゃん!」
年寄り特有のボリュームが狂った声で聞いてくる。
「おでこの傷どうしたんです? 何かあったんですか?」
僕の問いかけで初めて、自分の額にある傷に気がいたようだ。
差し出したタオルでそれを拭きながら
「さっき、ここに来るまでの間に転んだからな~」
と呑気に言うのだ。それを聞くともっと心配になってきた。
「本当に大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。それより酒くれよ」
何もなかったように酒を求めてくるおじいさん。
本人が大丈夫と言うのならと思い、このおじいさんのいつも買うお酒『清洲城信長 鬼ころし』を取りに行く。
このお酒は『酒の大沢』がある町の近くで作られている日本酒だ。
鬼ころしはたくさんの酒造が作っている。『新潟鬼ころし』や『日本盛鬼ころし』、『三河鬼ころし』などとたくさんの種類がある。『清洲城信長 鬼ころし』もその一つである。
それぞれに特徴があって同じ「鬼ころし」でもだいぶ味が違うようだ。だから、お使いなどを頼まれたときはしっかりとパッケージを見てからの方がいいかもしれない。
このおじいさんは、いつも3リットルのパックを一本買っていく。
最近、毎週来るからもうすっかり覚えてしまった。
「お待たせしました」
持って来たパックを袋詰めする。
「お会計1×××円です」
「ちょっと待ってな」
おじいさんは大きく震える手で、ポケットから財布を取り出す。
そして、取りにくそうに小銭を摘まんで並べていく。
「これでええか?」
「ありがとうございます」
会計を終えたおじいさんに袋を渡そうとするが、震える手で中々つかめない。
「お帰りは徒歩ですか?」
「自転車だよ」
「帰り道に気を付けてくださいね」
「ほい、また来るよ」
おじいさんはゆっくりとした足取りで店を出ていった。
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