クリアアサヒ Ⅱ ②

「お兄さん!  何か言うことはありませんか?」

「なんて?」

「ご・め・ん・な・さ・いは?」

 にこーっと笑顔を作りながら言ってくる。

でも、目がさぁー笑ってないのよ。

「ご、ごめんなさい」

 僕が謝罪をすると、たまきは満足そうな顔を浮かべる。

「たまきは何しに来たの?」

 彼女の満足そうな顔は僕の発言によって、一瞬のうちに崩れ去り、

「はぁ」とため息をつきながら、呆れたような顔を浮かべる。

「GWが終わってから毎日ここに来ているのに、ずっと店が閉まったまま。

それで、お兄さんたちに何かあったんじゃないかって心配したんですよ!」

「ご、ごめん。でも、なんでこの家の鍵持っているの?」

 僕は確かにカギを閉めた。だが、こうして開けられている。

ということはうちのカギを持っているに違いないのだ。

「さっき、店の前をうろうろしていたらお姉さんにあったんです。

それでお兄さんのことを尋ねたら、「会ってみろよ」ってカギを渡してくれたんです」

「そうなんだ……」

「それよりも、お兄さんどうしたんです?」

「えっ?」

「お兄さんの顔を死んでいるみたいに元気がないですよ。まぁ、いつもの冴えない感じは一緒ですが……」

 冴えないは余計だろ!って言う元気もないから

「そっか……」

 とだけ返す。

「私でよければお話聞きましょうか?」

 たまきの声には心配の色がにじみ出ている。

心の底から心配してくれているのが分かってすごく嬉しい。

でも——————

「ごめん……」

 あの光景を思い出したくない。

 話すのにはあの光景を思い出さないといけないのだ。

怖い、怖い、怖い

 背中に冷たい汗が流れだす。

怖い、怖い、怖い

「分かりました!」

 僕の弱々しい謝罪を吹っ飛ばすような声で話始める。

「今は無理に聞きません。だって、辛そうなのが分かるから。

でも、これだけは覚えておいてください。私はお兄さんのおかげで救われました。

誰かが私のことを思ってくれているって分かってすごく救われたんです。

私もお兄さんのこと大事に思っていますからね!」

「あ、ありがとう」

 たまきの勢いに圧倒されながらも、彼女の思いは単純に嬉しかった。

あのおじさんにここで過ごした時間を全て否定された。

直接的に言われたわけではないけれど、僕が積み重ねてきたものを否定されたように思えたのだ。

でも、たまきの言葉で少し救われた。

僕は少しだけでも何かを残せている。

誰かの役に立てている。

それが分かっただけで、ほんの少し楽になれた。

「じゃあ、そろそろ帰ります。最後に一言だけ。

家で悩んでいるくらいなら、外で散歩でもしたらどうですか?

気分転換にはすごくいいですよ」

「うん……気が向いたらね」

「それじゃあ~ また店が開いたら遊びに来ます!」

 そう言って嵐のようにたまきは帰っていった。


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