クリアアサヒ Ⅱ ③

 五月の風は暖かく、冷え切った僕を包み込んでくれる。

 あれほど咲き乱れていた桜も全て散り、足元を桃色に染めている。

若々しい緑色は今の僕にはすごくまぶしい。

 桜の木々が押し並ぶ川沿いの道を一人歩いている。

他にはだれもいない物寂しい一本道を突き進む。

 たまきに散歩を勧められたのと、天井の代わり映えのない絵にも飽きてきたらから

こうして外をふらふらと彷徨っている。

「この道、懐かしいな」

 無意識にぼそっとこぼしていた。

 懐かしい?

何時の事だろうか?

 近いようで少し遠くなった記憶を遡る。

「あの時か……」

 僕がこの町に来た日。

あの日は、こんな風に一人じゃなかったな……

確か、あの場所はもうすぐのはず。

 

静寂。

寂寥。

孤独。

最期。

 それらの物寂しい言葉がしっくりと来る空間。

町にある小さな『墓所』に僕は訪れていた。

 この場所は僕がこの町に来た日に、三田百合と訪れた場所。

百合の父子が眠っている。

 記憶をたどって、父子の眠る墓石で手を合わせる。

「ごめんなさい……」

 父子に向かって、いつの間にか謝罪を浮かべていた。


僕は結局、百合さんに何もしてあげられていないな……

あの日、僕は二人に向けて


「百合さんはもう一人じゃない。絶対にあんな顔はもうさせません。だから、安心してお供えを楽しんでください」


なんて宣言をした。

 百合さんが寂しく思わないで済むようにしようと思っていた。

でも、酒の大沢での仕事に追われて何も出来ていない。

僕は……


「あら、大輔君」

 自分の思考につかりこんでいると、後ろから聞きなじんだ声が聞こえて来る。

振り返ると、優しい微笑みを浮かべた腰の曲がったおばあちゃんがいつの間にか隣にいる。

「ゆ、百合さんどうしてここに?」

 そう尋ねてすぐに愚問であると気が付く。

だって、僕がいるほうがおかしい場所なのだから。

すぐに謝罪を入れる。

「す、すみません。僕なんかがここにいて」

 僕の謝罪に百合はフワフワとした包み込むような笑顔を作って

「いいのよ。きっと、二人も喜んでいるわよ」

と嬉しそうな声音で言うのだ。

 そして、彼女も僕の横に腰を下ろす。

それから手を合わせて、目をつぶる。

僕もそれに倣って、もう一度手を合わせる。


 しばらく静かな時間が続く。

「大輔君」

と百合の声で静寂が崩れる。

「何です?」

「何かあったの?」

 先ほどのたまきのように心配そうな顔を浮かべて聞いてくる。

「い、いえ」

反射的に否定していた。

「無理には聞かないわ。でも、辛いときは人に頼るのも大事よ」

「はい……」

「そういえば!」

 百合は明るく切り出した。

「今度また、お店にお邪魔するわね。そろそろお供えしてあげないと二人から怒られそうだしね。その時はまたお手伝いしてくれないかしら?」

 すぐに「はい」とは答えられなかった。

店をまた開ける自信がないから。

 僕の返事も待たず、百合は立ち上がり「それじゃあね」と言って立ち去っていった。

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