クリアアサヒ Ⅱ

「酒の大沢」

 の入り口には今、紙が貼られている。


臨時休業。


諸事情により店舗での営業を休業しています。

配達は承っております。

御用の方は

○○〇―〇×〇×―××××

にお電話お願いいたします。


 この張り紙が貼られたのはGW最終日の午後から。

そして、張り紙が貼られてからもうすでに一週間が過ぎようとしている。


 僕は、あの出来事からまた動けなくなってしまった。

 母や天音のおかげで立ち直れたのに、あの頃に逆戻り。

居候先の自分の部屋には、暇つぶしできるものなんてないからひたすら永遠と変わらない天井を眺め続けている。

 僕がこうなってから、天音は何も言ってこない。

 気が短い天音なら、耐えきれなくなって僕を叩き起こすかと思っていたが、

一週間が過ぎても何もしてこない。

僕はどうしてしまったのだろう。

頭の中では、あのおじさんの顔が何度も浮かんでくる。

あの怒号が永遠と再生される。

怖い、怖い、怖い

そんな思いしか心に浮かばない。


「大輔~ 飯で来たぞ」

 遠くの方から声が聞こえる。

時計を見ると十九時四分を指している。

あっという間に一日が終わってしまった。

 ただ、天井を見続けただけで……


 翌日—

ピーン、ポーン

 家のベルが鳴る。

面倒だな……

居留守を決める。

ピーン、ポーン

「……」

ピーン、ポーン

「……」

ピンポンピンポン

「……」

ピピピピピーンポーン

「うるさいなぁ」

 ベルを連打されて流石に居留守も苦しくなってきた。

重い体を引きずりながら、玄関に行く。

「どなたですか?」

 店と同じように時代を感じさせる母屋。

そこに外の様子を確認できるカメラモニターなんてない。

だから、こうして昔ながらの方法で来客の正体を探る。

「……」

 先ほどまでのベル連打からの返答なし。

人影が中から見えるから誰かいるのは分かっている。

だが、返答がない。

 段々イライラしてきた。

一言文句言ってやる!

 玄関の引き戸をバーンと開ける。

すると、目の前にショートカットの女の子のいたずらな笑顔が飛び込んでくる。

 それを見た瞬間にバーンと引き戸を閉め、ガチャリとカギを閉める。

「お兄さん! 閉めるのはひどくないですか?」

 今一番会いたくない人であった。

こんな弱り切った僕の姿を見せたくない。

「お兄さん 開けてくださいよ」

 中町たまきは抗議を続ける。

無視。

「お兄さん~ 聞こえていますよね?」

無視。きっとそのうち諦めてくれる。

「お兄さん~ ひどい……」

泣き脅しなんて僕には聞かないぞ。

「……」

あれ? 静かになったな。

もう帰ってくれたのかな?

一瞬気が緩む。

ガチャ———————

気が緩んだせいで音に気が付かなかった。


バーン!

 

 外から思いっきり引き戸を引かれる。

「お兄さん~ お・は・な・し しましょうよ」

 僕の周りの女性はこんな人ばかりだな……


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