キリン一番搾り 完
店に戻ると、そこには母屋で寝ているはずの天音の姿があった。
レジカウンターの隅で、椅子に座り壁に腰を預けている。
まだ腰が痛いだろうに、無理して座っているのだろう。
「天音さん! 寝てなくていいんですか?」
自分の疲れも忘れて、天音のもとへ。
「先に汗拭けよ」
と言って、大きなバスタオルを投げつけてきた。
大人しく従って、体中の汗を拭いとる。
まだ、春なのに滝のような汗。
それらをふき取るとバスタオルはビチョビチョになっていた。
こんなに汗をかいたのはいつぶりだろうか。
高校の時以来か、もしくはそれよりも前。
ずいぶん昔の事のように思えてくる。
「それで、間に合ったのか?」
僕が汗を拭き終わるのを見計らって、天音が訪ねてきた。
「どうだと思います?」
意地悪く聞いてみた。
「はん、上手く言ったんだろ?」
「なんで、分かったんです?」
「お前の顔を見れば分かるよ」
「えっ?」
今、自分はどんな顔をしているのだろうか?
「そんなに清々しい、達成感にあふれた顔していて分からないわけないだろ」
達成感。
心の中でじわじわと熱を帯びていたものの正体が分かった。
達成感なのだ。
改めてその言葉を噛みしめる。
やり遂げられたのだ。
心の中の熱いものの正体が分かると、それはさらに主張してくる。
あー、熱いな。
入ったせいで体がアツアツなのに、心までアツアツだ。
でも、嫌じゃない。
凄く心地よい熱さだな。
成功を暫く喜んでいると、天音に話しかけられる。
「大輔、いいか?」
真剣な顔でそう言ってくる。
「そんなに改まってどうしたんです?」
「今日は、助かった」
いきなり頭を深く下げるのだ。
深く、深く頭を下げる。
「今日ほどお前がいてくれて良かったと思った日はない。本当に助かった。お前がいなかったらうちの店は潰れていたかもしれない。それくらい大事な客だったのに私は……」
彼女の声音に、段々と悔しさのような物が混じり出す。
腰を痛めて何もできなかった自分が許せないのだろう。
「顔を上げてくださいよ。僕は天音さんのおかげでこうして立ち直れたんです。
だから、その恩返しです。思う存分こき使ってくださいよ。 とりあえず、来年まではここにいさせてもらうつもりですから!」
「お前がずっと…………、いや、これを言うのは反則だな。今日は本当にありがとうな。これからもよろしく頼む」
「任せてください!」
最後に彼女が言いかけた言葉は何だったのだろうか?
「お前がずっとここにいてくれたら」って言おうとしていたのかな。
そうであったらすごく嬉しいな。
だって、彼女が僕を認めてくれているってことのだから。
でも、いつまでもここにいられるわけではない。
それが彼女にも分かっているから、最後まで言わなかったのだろう。
時期にお別れになる。
それが確定しているからこそ、今できることをたくさんやりたいと思う。
沢山の恩を返すためにも。
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