ドライプレミアム豊穣 ②
給与をもらった日の夜、一人悩んでいた。
「何買おうかな~」
思いがけない収入であった。
ここに来る前は、毎月それなりにお小遣いをもらっていた。
働く大変さを知らなかったから、そのありがたさを感じずに。さも、当り前であるかのように。
それらは大体ゲームソフトに変わっていた。
「でも、ゲームもな……」
居候が始まるまでは、ゲームばかりしていた。
でも、酒の大沢に来た時に、ゲームを取り上げられたような形になってから、まったく触っていない。
夜遅くまでゲームをして、朝眠い生活を送っていたが、いつの間にか規則正しい生活になっている。朝6時に起きて、夜10時に寝る。子供や年寄りのような生活。でも、僕にはこれが一番合っていたようだ。
今更このサイクルを崩したくないし、あんまりゲームをやりたいと思わなくなった。
そうなると、どうやって貰ったお金を使えばいいのか……
貯金するという考えも浮かんだが、折角なら使いたいと思い、貯金案は没にする。
次の日、ある人を尋ねていた。
その人は、何の約束もしていなかった自分を快く家に通し、お茶菓子の用意までしてくれた。
「すみません いきなり押しかけてきて」
「いいのよ 最近、大輔君の顔見られてなかったから会えてうれしいわ」
今日、あっているのは僕が初めて大沢に訪れた時に来てくれて、仲良くなったおばさん。
三田百合だ。そういえば、ワンカップの事件の後から会えていなかった。
だが、会えていない間も、色々と動いていたと聞いていたからそんなに久しぶりな感じはしない。
「ワンカップおに……堀田さん元気になって良かったですね」
危うくいつもの癖でワンカップお兄さんと呼ぶところだった。
「本当にそうね。彼も今は来年こそは合格するって頑張っているわよ。あの時から、ご無沙汰でごめんなさいね」
「堀田さんから、百合さんの話聞きましたよ」
「あらあら、恥ずかしい。おばさんのお節介で元気になってくれて本当に良かったわ」
百合はわが子を見守るかのような、優しい表情でそう言う。
そんな表情からも彼女の優しさが伝わってくるような気がする。
「それで、何かあるから家に来てくれたのよね?」
お見通しのようだ。
僕の周りの女性はやけに感が鋭い気がするが、気のせいだろうか?
「昨日初めて給料を貰ったんです」
「それは、良かったわね」
「はい。それで天音さんには好きに使っていいって言われたんですが、いい使い道が思いつかなくて…… それで、他の人は初めての給料を何に使ったのか気になったんです。百合さんは何を買ったか聞いてもいいですか?」
「う~ん、なんだったかしらね」
尋ねると、彼女は考えだした。そして、少し経つと「あっ」といった表情を浮かべて立ち上がり、「少し待ってね」と言って席を外す。
「ごめんなさいね。お待たせ」
戻ってきた彼女の両手には、茶碗が二つあった。
青と桜色のシンプルな陶器の茶碗。
色以外は全く一緒な二つの茶碗。
「私は、学校を卒業してすぐに結婚してしまったからしっかりと働いたことが無いのよ。でも、野山の会に手伝いに行っていて、少しだけお金が貰えることがあったの。そのお金で買ったのがこの茶碗よ」
「なんで茶碗にしたんです?」
「買うのは何でも良かったのよ。いつも頑張ってくれていた主人に感謝を伝えたくて何か買おうって決めて、その時に、丁度ペア茶碗を見つけて可愛いなって思ったから買ったのよ」
「なるほど」
「今までの感謝を伝えるために、初任給を使うって人も多いと聞くし、大輔君も誰かに何か買ってあげるのもいいんじゃないかしら?」
「『感謝』ですか……」
ピーンポーン
いきなり呼び出しのベルが鳴る。
百合が応じる、「どうぞ」と招き入れた。
そして、中に入ってきたのは————————
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