ドライプレミアム豊穣

「酒の大沢」

 不定休。

おおむね火曜日が休みになることが多いが、お客さんの配達の希望日によってその都度変わる。

 明日は待ちに待った休日。

明日が楽しみだなって思いながら、店のシャッターを開けている。

ガラガラ、ガ、ガ、ガ、ガラガラ

 店が古いせいかシャッターの調子が悪い。

途中までは上がるのだが、引っかかりだすと全然上がらなくなる。

この前なんて鍵が開かなくて、一時間以上開店が遅れたこともあった。

その時は、鍵屋さんがすぐに来てくれたからよかったが、いつでも駆けつけてくれるわけではない。だから、天音に変えて欲しいと打診はしたが「金ない」と一蹴された。

「準備よし!」

 苦戦しながらも、上がり切った。酒の大沢の開店だ

チーン

「いらっしゃいませ」

 繁忙期のおかげで暇することもなさそうだ。

さぁ、明日に向けて頑張ろう!


 お客さんがいつもより多く来たような気がする以外何もなく、滞りなく一日が終わった。

僕は、閉店準備を終えてのんびりと夕飯を待っている。

 フーン、フーン、フンフフン

天音の楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。

この頃、売り上げがいいから機嫌がいいみたいだ。

信号みたいに機嫌がころころ変わるから、相手する側からしたらたまったもんじゃない。どうにかこの売り上げが続いて、青信号でいて欲しいものだ。

「出来たぞ」

 のんびりしていると、山盛りの八宝菜が載った大皿を持った天音が食卓に。

「ありがとうございます。ご飯よそってきますね」

「んー、頼んだ」


 そうして、夕飯を済ませると、彼女が「話がある」と僕を呼び寄せてきた。

ささっと、夕飯の片づけを済ませ、彼女の前に座る。

「話って何ですか? 僕何かやらかしました?」

 こうやって、呼び出させるときはいつも何かある時だ。

新しい仕事を与えられたり、叱られたりなど……

緊張しないわけがない。

「違う。お前に渡したいものがあるんだ」

 そういうと、用意していたのであろう封筒を僕の前へ置く。

茶色で手紙などを贈るときによく使うサイズの封筒。

なんの変哲もない封筒の中央に天音の字でこう書かれている。


「給与」


「何ですかこれ?」

 給与の意味が分からないわけではないが、僕の前に出された意味が分からなかった。

「お前への給料というか、小遣いさ。最近、二本縛りを覚えたり、配達に行ったりできるようになったし、忙しいのによく頑張ってくれているとも思う。だから、お前に給料をやる」

 封筒を僕に押し付けてきた。

断れそうもないから受け取って、中を確認する。

 封筒の中には福沢さんが一枚。

「こんなにいいんですか?」

 たった一万円? と思う人がいるかもしれないが、僕にはすごく大金に思える。

 お年玉で一万円をくれる親戚もいた。でも、この一万円はそれらとは重さが違う。

勿論もらった一万円を軽く見ているわけじゃない。

初めて働いて、その見返りとしてもらった一万円はすごく重く感じられるのだ。

たかが一万円。されど、それを得るために必要な苦労の数々。身をもって知ったから、すごくすごく重く感じる。

「本来なら、大輔が働いている時間で考えると安すぎると思うぞ」

「そんなことないですよ」

「まぁ、もっと欲しいって言われても渡せないけどな」

 ケタケタと笑いながら天音はそう言うが、もっと欲しいなんて口が裂けても言えない。

 息子でもないのに、居候させてもらって養ってもらっているのだ。

だから、給料なんてなくても良いとすら思っていた。

「そんなこと言いませんよ。でも、本当に貰ってもいいんですか?」

「ああ。貰えるもんは貰っとけ。そして、お前の好きに使え。初めての給料だから、無駄遣いだって構わないさ。自分の仕事への慰労だと思って、明日の休みは楽しんで来い!」

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