上撰松竹梅

「酒の大沢」

 この店は個人や飲食店への配達がメインの収入源で、店舗での販売は一応やっているといった感じ。一日中開いていても、来客数は指で数えられるくらいだ。

そのうち、ほとんどが常連さん。

もっと言うと、何も買わない人がほとんど。

だから、居候で不登校児の僕(鵜飼大輔)でも切り盛りできている。

でも、ここ数日は何かおかしい。


チーン

「いらっしゃいませ」

チーン

「いらっしゃいませ」

チーン

「いらっしゃいませ」

チーン

「ありがとうございました」

チーン

「いらっ、ありがとうございました」

 あまりにも挨拶をしすぎて、『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』があべこべになってきた。


チーン

またか……

 入口に取り付けられた来店を知らせるベルが鳴り続ける。

開店して一時間しか経っていないのに、沢山のお客さんが店をうろうろしている。

「うげ~」

 やっと、ベルが鳴りやみ一息つくと、思わず変な声が出てしまっていた。

いったい、何があったというのか?

 今日は、二月中旬の、何の変哲もない休日。

バレンタインデーがあったが関係ないはず。

 だって、狭い店を行ったり来たりしているのは


『オヤジたち』だから。


 そんな風に考えていると、いつの間にかレジの前にオヤジたちの列が出来ている。

急いでレジ業務に移る。

どのオヤジも手には紐で括られてまとめられた一升瓶を持っている。

 それらは、夜遅くまで天音が準備してくれていたものだ。

確か三〇個くらい作ってくれていたはずだけど、すぐに底をつくだろう。

それほどまでに、オヤジたちは大量発生している。


 結局、お日様がさよならするまで、「オヤジ大量発生」は止まなかった。

いつもなら、閉店時間に客などいないから問題なくシャッターを閉めて、閉店できる。だが、やっぱり今日はどこかおかしくて、閉店時間を過ぎても新たなオヤジが店に入ってくるから、閉めるに閉められず、結局一時間以上も長く営業していた。

「終わった~!」

 やっとのことでシャッターを閉めると、どっと疲れが押し寄せてきた。

忙しさに身を任せている間は、疲れのことなど気にならなかったが、一度気になり始めると、

しんどさ、だるさ、眠さ、空腹などが襲い掛かってくる。

 とりあえず無理やりシャッターを閉めただけなので、レジ閉めやモップ掛けなどの仕事も残っている。残りの仕事を思い描くと

「はぁ……」

 大きなため息が思わず零れていた。

これが残業に追われる社員の気持ちか……

知りたくもない現実を知って、重い腰を上げようとしていると

「大輔~ 飯だ!」

母屋の方から、天音の声がしてきた。

 いい匂いりも漂ってきている。たぶんカレーの匂い。

そのスパイシーな匂いにさらに空腹を刺激される。

 でも、まだ仕事が残っているし……

夕食にありつきたい気持ちと仕事をしないといけないという気持ちを天秤にかける。

 そして、勝ったのは———————

「今行きます!」

 夕食だった。


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