竹鶴ピュアモルト 完

 朝早くから、あるところに電話をかけていた。

「もしもし」

 ガチガチに緊張しながらそういうと、電話の向こう側からケタケタと笑い声が聞こえてきた。誰かに似ている気もするが、気のせいだろう。

「母親との電話で、緊張してどうしたさ?」

 電話の相手は僕の母親。「酒の大沢」に強制連行した張本人。

そんな母は、全てお見通しなはずなのに、白々しく聞いてくる。

「これからのことを言いたくて……」

 天音には問われてすぐに答えは出ていた。でも、昨日は何も言わなかった。

最初に言う相手は母であるべきだと思ったから。

「言ってみなさいや」

「このまま、学校を休学してここで働いてみたいんです」

「それはどうして?」

「ここなら、酒の大沢なら、天音さんとならきっと、僕のやりたいことが見つかるような気がするんです。だから、だから、親不孝だとは分かっているけど……」

「一ついい?」

「うん」

「それは、本当にやりたいこと? 楽だからじゃない?」

「今の僕が一番やりたいことです」

「ならいいよ」

「え、じゃあ?」

「休学の手続きは私がしておく。天音にはしっかりと自分で言いなさいな」

「分かった!」

 元気にそう答えると、またケタケタと笑い声が聞こえてくる。

「なんか可笑しかった?」

「久しぶりにあんたの元気な声聞けて嬉しかったんだよ」

 なら、笑わずに涙ぐんだりして欲しかったな……

「あ、最後に天音があんたに話したこと教えなさいな」

「なんで?」

「今度会ったときに、ネタになりそうだからよ」

 せっかく、さっきまでいい雰囲気だったのに、これではぶち壊しだ。

でも、そんなところも母らしいのか。

 そして、母に天音が話してくれた沢山のことを話した。

 大事なことを心のノートに焼き付けながら。

 全て話し終わると、またケタケタと笑い出した。

その理由を聞いたらヒントは『竹鶴正孝』と言って電話が切れた。


 気になった僕は、天音に断りを入れてインターネットで『竹鶴政孝』を調べた。

 竹鶴正孝は日本のウイスキーを作り上げた人だということ。

その人の意思を継いで出来たウイスキーに「竹鶴ピュアモルト」という商品があること。彼の波乱万丈な人生、苦悩、沢山の失敗とそれに負けないくらいの成功の数々を知る。そして、彼が残した言葉の中の一つに目が留まる。




「ウィスキーの仕事は

私にとっては恋人のようなものである。

恋している相手のためなら、

どんな苦労でも苦労とは感じない。

むしろ楽しみながら喜んでやるものだ。」





 その言葉をみて、こう思った。


「そんな風に思えるような『夢』を見つけよう


 竹鶴正孝のように愛してやまないような『夢』を」

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