竹鶴ピュアモルト ⑤
話し終わると、天音はわしゃわしゃと頭を撫でてくれた。
優しくはないが暖かい感じ。
頑張ったな、頑張ったなって言いながら。
その温もりに、押し堪えていたものが一気に零れ落ちた。
あの時から、ずっと我慢し続けたのに。
ボタボタと零れ落ちる。
赤子のように、みっともなく。
周りの目なんか気にしないで。
あの時の分まで、ワンワンと。
涙が止まるころには、髪はぐちゃぐちゃになっていた。
目の周りもヒリヒリする。
涙や鼻水を拭っていた袖はぐちょぐちょに。
何だかおかしくなってきて、笑えてきた。
は、は、は、は、はは、ははははは
そんな僕を見て天音も同じように、笑い出した。
ははは、はははは、ははははは
僕も彼女につられてさらに笑う。
はははは、は、は、は、ははは
こんなに気持ちよく笑えたのはいつぶりかな。
二人とも笑いつかれて落ち着くと、天音が切り出した。
「振り返ってみて、どう感じた?」
「思っていたより、僕はクソ野郎でした」
「だな」
「もっと、色々と真剣にしていたら、こんなことになっていなかったんだと思います」
「そうかもな」
「ずっと、ずっと楽をしてきたんだって気が付きました」
「そっか」
「母さんから言われた『自分のやりたいことをしろ』の意味をはき違えていたんだって分かりました」
「そうか」
天音は、僕の言葉に肯定だけをくれた。
それだけで本当に充分だった。
「これから、どうするのか決めたのか?」
「やりたいこと、『夢』を見つけようと思います」
「そうじゃない。それも大切だけど、もっと目の前のこと」
彼女が言わんとしていることは分かっている。
『学校』について。
「学校には戻らないとって思っています。2月中に戻れればたぶん進級できますし……」
欠席を初めてすぐに、単位の数を数えて、どこまでなら休んでも大丈夫か把握していた。分からない期限に怯えるのは嫌だったから。
でも、その期限もあっという間に差し迫っている。
「戻りたいのか?」
「戻らないと……」
そう答えると、天音は少し口調を強くして言い直した。
「戻らないとじゃない。戻りたいか聞いているんだ?」
あえて、答えるのを避けたのに、彼女はそれを許してくれないようだ。
戻りたいか?
戻りたくなどない。
だって、敵しかいないんだから。
目標がないんだから。
適当に通っていたのだから。
言えるわけがない。
だって……
いや、これじゃあダメだ。
さっき天音が示してくれたように、気持ちをぶつけるのが大事って知ったばかりじゃないか!
勇気を振り絞って、気持ちを吐き出す。
「戻りたくないです。目標があるなら、どんなに敵だらけでも頑張れるけど……それもすらないから……」
「なら、行かなくてもいい」
「えっ!?」
彼女の言葉が信じられなかった。
だって、普通は学校に行けっていうべきだから。
「今なんて?」
「行きたくないなら、行かなくてもいい」
同じように返された。
二度言われても信じられないでいると、天音はこう続けた。
「もっと考える時間が欲しいなら、ゆっくり考えればいいだよ。留年がなんだ。
大学受験に失敗すれば、結局一年浪人するんだから大して変わらない。
こうじゃないといけないって考えを捨てろ!
みんなが三年で卒業するからって、お前もそうしないといけない決まりはない。
兄がこうだからってそうしなくていい。
お前はお前だ。
一年でも二年でも沢山時間をかけて選べばいい。
本当にやりたいことをな。
考えた末に学校をやめたって構わないさ。
そうやって必死に考えたことは、恋人のようなものになる。
恋している相手のためなら、どんな苦労でも苦労には思わないだろ?
むしろ楽しみながら喜べるはずさ。
お前の人生だ。『お前の好きにしろ!』」
天音の言葉に分かりかけていた母からの言葉の意味みたいなものが、間違っていないことを気づかされた。
あの時、母はこういいたかったのだろう。
でも、あの時の僕は自分の良いように捉えて、何も考えようともしなかった。
逃げる口実にしていた。
だから、それを分からせようと「酒の大沢」に無理やり連れてきたのだろう。
きっと、天音なら上手く伝えられると信じていたから。
やっぱり、母さんには敵わないな……
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