上撰松竹梅 ②
「最近、なんであんなにお客さん来ているんですか?」
皿一杯に盛られた辛口のカレーを食べながら、天音に尋ねていた。
ちなみに、カレーのお肉は豚です。母は鶏派だったからなんか新鮮な気分。
「今日のは、流石に予想外。去年よりも多いんじゃないかな。 危うく縛った日本酒足りなくなるところだった。」
客入りが多かったおかげか、機嫌よさそうにそう言っている。
前も思ったけど、天音は店の客の少なさを気にしてないようなふりしているけど、本当は結構気にしているようだ。
「何かあるんです?」
「あ、そういえばお前はこの辺りに来たの初めてだったよな?」
「そうです」
「2月末に祭りがあるんだよ」
「祭り?」
「ああ、『はだか祭り』があるんだよ」
今なんて言った?
裸って言ったよね?
裸ってあの裸だよな?
「はい? 今なんて言いました?」
「だから、はだか祭りだよ!」
「えっ!?」
はだか祭り
毎年、旧歴正月の十三日に42歳と25歳の厄男たちが、『サラシのふんどし』と『白足袋』だけを身に着けて集まり、『なおい笹』なるものを担いで厄除けを祈願するというお祭り。
参加者は数千人にも及ぶ。
さらに、数千人の中に一人だけいる『儺負人(神男)』に触れられると厄落としが出来ると言われているから、大量の男たちが儺負人に触ろうともみ合いをする。
天音の話を簡潔にまとめるとこんな感じだ。
実際に行ったことが無いけれど、想像するだけで胸焼けしそうになる。
裸のオヤジがたくさん…… 地獄かな?
「そんな、作り話みたいなお祭り本当にやっているんですか?」
「信じられないなら、これ見ろよ」
携帯電話で、はだか祭りと調べて、その時の写真を見せてくれた。
想像通り、裸のオヤジたちの群れだった。
「マジすか」
「マジだ」
「ちなみに、開催日は危ないから、この辺りの学校は休みになる」
「マジすか」
「祭りの日は、ふんどしだけで電車に乗れるぞ」
「マジすか」
なんか、おかしなところがありすぎて、脳が追い付かなくなってきた。
こんなにも文明の進んだ日本でこんな祭りがあるなんて……
世界は広いな、なんてしみじみ思っているとあることに気が付く。
「それで、お祭りがあるのは分かりましたけど、なんでお酒を買いに来るんですか?」
「日本酒をお供えするためだよ」
「でも、なんで縛るんです?」
今日買われた日本酒のほとんどは、二本の一升瓶を少し硬めの紐で首と下をきつく縛って、一括りにされていたのだ。
「ちょっと待ってろ」
そういうと、いつの間にか食べ終えていた天音が店の方に何かを取りに行った。
食事中なのを思い出し、残りを口に運んでいると、『上撰松竹梅』の一升瓶を二本と紐を持って天音が戻ってきた。
「さっきの質問の答えは、昔の風習の名残だ。昔の人は酒を贈るとき、角樽ってので酒を渡していたみたいで、それに形を似せるために、一升瓶を二本紐で括るんだそうだ。あと他には、二本と日本をかけているって言う人もいるな」
「はぁ」
昔のことはよくわからないが、要はそういう文化なのだろう。
「いい機会だから見せてやるよ。食べながらでいいから見ていろよ。今から『二本縛り』をやってやるからさ」
どうやら、目の前でやって見せてくれるようだ。
僕の横に来ると机の上に二本の一升瓶を置く。そして、長い紐と短い紐を用意する。
それからは、一瞬だった。
まずは、ラベルの下あたりを短い紐できゅっと縛る。
次に、首のあたりに長い紐を通し、グルグルと器用に巻き付けていく。
最後に、首の紐を下の紐にぐるっと通すと、二本の一升瓶はガチガチに固められている。
「こんな感じだ」
「今何したんです?」
初めて包装の仕方を見せてもらったときも思ったが、早すぎて何をやってるのか分からない。
「適当に縛っただけだぞ」
彼女は適当にと言うが、見た目はなかなかに綺麗だ。
「もっと詳しく教えてくださいよ」
「無理」
「えっ!?」
「感覚でやっているから無理。見て覚えろ」
「はぁ」
時々、天音は昔気質なところが出てくる。そうなるともうどうしようもないから、死ぬ気で覚えるしかないようだ……
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