2社目 パワハラの無いブラック企業
パワハラさえ無ければブラック企業では無いのか? 当然ですが答えはノーでしょう。
怒鳴り、問い詰め、時には殴り。そんな激しく分かりやすい責め苦ばかりではありません。
ブラックには色々と種類があります。
そのレパートリーを少しでも増やすべく、私がA社に勤める前に居た2社目について挙げてみます。
既に何度か別項で触れた通り、2社目は「社員に対して無関心」「扱いがぞんざい」なタイプのブラック企業でした。
ある意味でA社の対極にある会社であり、精神的には非常に楽でした。
A社ですっかり自分の事を「どう頑張っても他人の神経を逆撫でて嘘吐きになってしまうダメ人間」と思い込んでいた私ですが、今にして思えば、2社目での仕事そのものは順調でした。
それならどうして、2社目の経験は成功体験として役に立たなかったのでしょうか?
重ねて言いますがその“楽さ”の正体は経営側の無関心から来ています。
人材を所定の位置に放り込んだら、後は何の音沙汰も無し。
私の場合はそれなりに専門性のある部署でしたが、とにかく「言われた以外の事は一切するな」と言うのがそこの方針でした。
指示に対して従順たれ、と言う事自体の善し悪しは微妙な所ではありますが……改善案を出そうにも聞いてくれる相手すらないのは元より、自分一人で出来る仕事をわざわざ他部署のお伺いを立てなければならなかったり(無意味な慣習のためだけに)
この上、昇給は皆無・賞与も無しとなると、これはこれで精神的に苦痛な環境でした。体力が有り余っているにも関わらず、です。
また、求人票の段階では月給で表記されていた給与が、どういうわけか時給換算で計算されており、入社してから告げられる始末。
時給なのだから、長く働けば増えるじゃないか。とお思いでしょう? そう、8時間以降の時給は一切切り捨てです。
向こうの采配次第で時間が減れば、給料がダイレクトに減ります。逆では増えないのに。
こんな言い値で買い叩かれるに等しい給与では、その日その日を食い繋ぐのが精一杯です。
私がこの会社に入った時期は、かのリーマンショックの時勢にあり、自分の不甲斐ない職歴もあって、ここの内定を逃せば他に行く当てが無いと思っていました。
今と違って、これと言って守る家族も無ければ結婚の気配も無し。ニートよりは良いか、と惰性のままに勤めていました。
経営陣が無関心、と言う事は「声の大きい古株(万年ヒラ)がやりたい放題」な異空間を意味しました。
その最たる例は、別項「私が加害者となったケース」を読んで頂ければおわかりになると思います。https://kakuyomu.jp/works/1177354055446437088/episodes/1177354055606516970
有能・無能以前に「当たり前にしなければならない事」すら謎の特権意識で拒否し、自分を職場のボスと思い込んで横暴の限りを尽くす。
所長からして“上下関係”だの“先輩後輩の流儀”だのを正しく理解していないので、いじめられる若手には泣きつく先もありません。
そこから逃れるには、この“ボス”達を逆に力でねじ伏せて黙らせるしかないという“規則が緩いのに修羅の国”などと言う混沌極まるものが構築されて居ました。
社員旅行はおろか、飲み会の類も忘新年会すらも無い。付き合いが無い方が楽、と言う考え方もあるでしょうけど、ここまで無味無臭過ぎる環境も逆にきついものがあります。
A社が激しく鞭打つタイプの拷問であるなら、さしずめこの2社目は、穴を掘らされてはそれを埋めさせられるタイプの拷問であると言えるでしょう。
なまじ業務自体はうまく行っていたので、別の意味で辞めたくても辞められない。
そんな時、ある意味で転機がおとずれました。
営業所の移転に伴い、勤務先が片道1時間半超の遠方になってしまった事です。
ただでさえ貯金が出来ないワーキングプア状態の所にろくに交通費も出ずこれでは、未来に希望が云々以前に、もはや生きて行けませんでした。
1社目もそうですが、私が会社を辞めようと腰を上げる時と言うのは余程の(ここで働いていると生きて行けないと判断した)事です。自分で言うのもなんですが。
とにかくここで教訓です。
食べていけない仕事は、すぐにでも辞めましょう。
当たり前の事なんですが、人は自分に規範を作らないと、こんな当たり前の事すら見失いかねない構造をしているのです。
とは言え、それでもなお差し迫った危機感が無かった当時の私は「会社がゆとりを持てるよう、たっぷり二ヶ月の猶予を持たせてから辞めよう」と思い、部長に退職の意思を告白。
すると、
「二ヶ月後!? 急にそんな事を言われても、今後こちらはどうすれば良いんだ! 勝手すぎないか」
業種によりけりですが、通常、退職の意思を伝えるのは一ヶ月前が相場と言われています。
それも法的根拠のない話であり、本来なら一ヶ月も猶予を与える義理は、労働者にはありません。
更に、民法627条においては「二週間前」とされており、法的・社会通念的道義としても二ヶ月という猶予は、会社にとっては破格とすら言えます。
このやり取りこそが、2社目の性質を如実に表していると言えましょう。
まず、人が辞める事に伴うルールや相場を、部長クラスが全く知らないのです。
それまでいかに、どんぶり勘定で人事を、経営を行ってきたかという事がよくわかります。
とりあえずその場は、あくまでも私は二ヶ月後に辞める、と言う事を押し通して了承を得られました。
余談ですが、受けたい職業訓練がある事を理由にしました。
さしあたり次の転職が決まらないまま辞めたい場合、現職を辞める理由として良いと思います。「やりたい事が見つかった」と前向き風に言われれば、引き留めもしにくくなりますし。
しかし翌日、ますます2社目の常識を疑う電話が事務のおばちゃんから寄越されました。
「あの、2ヶ月後に辞めるのですね? では、来月の健康診断は受けて頂かなくて結構なので」
「……、…………受けて頂かなくて結構、と言うのは、裏を返せば受けても構わないと取れますが?」
私は、〇〇をしてほしくないから自分から空気読んで辞退してくれません? と言う類のこの手の言いぐさが大嫌いです。
ゆえに、空気読まずにボケを返したわけですが、
「そういう事では無いので。辞める人に健康診断受けさせたって無駄なの、わかるでしょ。そういう事です」
冗談じゃない。
私が人一倍ビビりなだけなのでしょうが、健康診断はとても大事だと思います。
そこで漏れがある事で、致命的な病を見落とすかも知れない。あの時、ちゃんと診てれば、もっと生きられたかも知れない。
こんな下らない事で、そんな後悔をさせられるなど、万に一つでもごめんでした。
「あのですね? ご存知でしょうが、労働安全衛生法66条において、健康診断の受診は労働者の権利であり使用者の義務なんですよ。
例え2ヶ月後に辞めるとしても、それまでは法的に貴社の従業員なんですよ。知ってますよね?」
「なら受けて下さい! ガチャン、ツーツー」
と言う事で、責任者を介する事も無く、事務のおばちゃんの一存で話がまとまりました。何と言う即応性でしょうか。
そんなわけで、激しく(あるいは陰湿に)貴方をいじめる会社ばかりがブラックでは無い、という事がおわかりいただけたでしょうか?
むしろ加害の意識が無い(そして被害者側の意識も芽生えにくい)分、いじめよりも性質が悪いかもしれません。
加害者が、自覚も無しに真綿で他人を絞殺するような構造をしているのですから。
恐らくですが、2社目には欠片も悪意はないでしょうし、自分たちのやり方にデメリットと言う側面が全くないと信じて疑わなかったのだと思います。
人を雇用して、所定の位置に配置すれば、後は全自動で事が進む。
私が辞めたのも“歯車が勝手に暴れて抜け落ちた”理不尽くらいにしか思っていなかったことでしょう。
リタイアが見えているご年配の方なら、こういう会社もありだと思います。
しかし断言します。
特に20代から30代の若い方々にとって、こういう会社ははっきり言って、このエッセイにおけるA社以下です。
A社での経験は、何かを失いましたが、何かを得たのも事実です。
しかしこの2社目では、何も失わず何も得られませんでした。
そして。
この2社目からA社に移ったばかりの私はこう思ったのです。
まともな給料、昇給・賞与あり! 福利厚生完備! ちゃんと交流もあって、社員に熱意もある!
これぞホワイト企業ッ!
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