私が加害者となったケース

 先のトピック「ブラック上司名鑑」でしれっと流したのですが、2社目には、ある意味で一番やばい人が居たのがお判りでしょうか。

 嘱託社員のターさんです。

 先に断っておきますが、別に正社員と言う身分でないからと言って差別するつもりはありません。正社員より優秀な非正規社員はごまんと居るでしょう。私自身、今でも尊敬している人が沢山います。

 ただし、指揮系統の上で序列は守るべきであり、彼はそれを守っていなかった。故に私は、彼が嘱託である事をあげつらっています。

 さて、それを踏まえた上で、特徴をもう一度おさらいします。

 

 ・立場的に上位である社員からの指示を拒否する。「脚が悪いのに階段を上らせるのか!」※補足すると、別段障害とかではなかった筈です。肥満が原因か、痛風か何か? あと、事情があるにしろエレベーターを使えば良い話です。

 ・若手(40代以下)に対して無差別に威圧する。(本人の自己申告によると、確か当時57歳)

 ・私に対して「挨拶を無視」→「無視されるので最初からしない」→「挨拶をされなかったとブチ切れる」というトラップを仕掛けて交戦。

 ・↑に対して反撃されると所長に泣きついて、相手を訴える。(後に聞いたところ、同様の被害を受けた先輩が居ました。所長に突き出すまでがトラップの範疇か?)

 ・驚くべき事にこちらの名前すら把握していなかった(この時の私は入社4年目)

 ・一度交戦状態になった以上、プライドが邪魔して引き下がれなかったのか。髪型、仕草、目つきなど、およそ批判とすら言えない言い掛かりを捲し立てる。(=私の仕事を批判するだけの実力と情報を全く持ち合わせていない)

 ・挙句、私の部署そのものを「誰でも出来る仕事」と否定。(そこはそこで、見た目は地味だけど専門性が要求されるから部署として独立した経緯があるのですが)

 ・あくまでも私が折れないとわかると「殴る気か!?」と言い出す(誤解の無いよう明記しておきますが、この時の私はその場で棒立ち。何一つ脅かすような素振りをしてません=彼自身が殴られても仕方のない暴挙だと理解している証左)

 

 57年間、他人に対して何をしてきたか見なくてもわかるような有様です。これはこれで、一種のパワハラと言えるでしょう。属性を定義づけるなら「実務無能+パワー型」とでも言いましょうか。

 改めて説明すると、私と衝突した直接のきっかけは「挨拶を無視からの、挨拶をしない事への罵声」というトラップ攻撃です。

 最初、突然背後から凄い剣幕の怒声を浴びせかけられ、何が起きたのかわかりませんでした。

 あまりにも道理が通っていない出来事に遭遇すると、人って一瞬思考が止まるのだなと思いました。それまでも相当数の不条理は見て来たつもりでしたが、まだまだ甘かった。

 とりあえず気を取り直し、ターさんに喧嘩を売られたのだなという事は理解。そこから彼の言い分を聞いて、大体、先方のやりたい事を理解。

 1社目、およびA社の部長と同じで浅いんです。無知と経験値不足から、建前で塗り固めるという事すら知らないので、かえってダイレクトに理解されると言うか。

 これを受けた私が最初に思った事。

「ここで引き下がれば、今後ずっといじめられるな」

 そして相手を値踏み、打算。

「こいつ、立場的には嘱託だったな。勤続年数は知らないが仕事も出来ないし、やらない。他の先輩達もこいつに対して辟易とした顔で対応していたし、恐らく人望は無いだろう=敵は多く、味方は少ないはず」

 ここで方針を決定。

 ターさんがしたのと同じように、相手に大きなショックを与える目的で怒鳴り返しました。

 正直なところ、この時点ではまだ、そこまで内心腹を立てていませんでした。というか「うっわ、でかい声。ビビった」くらいです。

 私は、初手から相手に恐怖心を植え付け、これ以上自分に危害を加えられないよう相手の心を操作するつもりでそれをやったのです。

 相手は年老いたメタボ親父、対する私はフィジカル的に全盛期。それが暴力的な抑止力を何もせずとも与える。そんな打算まで織り込んでいました。

 しかし、全くもって甘かった。

 相手はプライドの高さからそういう事をしているのであり、こんな若造に怒鳴り返され、すごすごと引き下がる事が出来ない。そこまで読めずにいた辺り、私も無知でした。

 そこからは、ひたすら不毛な罵倒合戦です。

 ターさん曰く、

 

「挨拶もせんとは何なんだ!」(貴方に合わせただけです)

「誰に口きいとんじゃ!?」(末端のヒラ従業員)

「立場わかれ! 敬語で話せんのか!」(立場をわきまえた上です)

「にこりともしないし態度が悪い」(末端のヒラであるお前に愛想をふりまく理由はありません)

「お前、歳幾つよ? 俺は57歳だぞ!」(教える義理もなければ、興味も無い)

 

 これだけうるさいと、聞きつけた先輩が、何事かとやってくるわけです。

 よりにもよって上記の「階段上る事を拒否された」若干、気弱な先輩でした。

 けれど真面目な方なのでしょう。

「まあ、目上の人にそんな口の利き方しなくても……」

 それに対して私、

「目上? “コレ”がですか?」

 ここまで来ると相手の“蒙昧さと不遜な態度のアンバランス”が神経に障り、私も本気で激昂しつつありました。

 それでも相手に惨めな気持ちを植え付け、心を折りにかかる為の計算で行った“コレ”発言なのですが。

 そして先輩という味方を得たと思ったのか、ターさん衝撃の一言。

「こいつ何て名前だ? 〇〇(私の苗字を微妙に間違える)って奴だったか?」

 部署違いとはいえ、40人と従業員が居ない会社に何年も一緒に居て、名前すら把握して居ないって正直“社会人として”恥ずかしい事だと思いました。

 そして57歳と言うと、当時の私とはちょうど、父と同じ年齢でした。

 自分の倍近く生きていて、この程度か? まともな人間なら57年あれば怠けながらでもこうはならないぞ。分を弁えろ。

 お前がこんな若造に見下されるのは、お前自身の自業自得。お前の扱いはこれで充分なんだ。察しろ。

 喋るだけ恥の上塗りにしかならないんだから、適当に捨て台詞残して去ってくれない?

 うちの部署が誰にでも出来る所だと? なら潰れるまでしごきまくってやるから、うちの部署に来てみろ。(実の所、これを言われた事で一番腹が立っていた)

 ロードオブザリングでこんな顔のドワーフ居たよなぁ……。(聞いてるのがダレてきた頃に)

 何ぶん、時間が経っているので、どれが心の声でどれが口で出した声かうろ覚えなのですが……こうして見ると、正当防衛のつもりとは言え私の対応も相当です。

 とりあえず感情的な怒りを通り越して、再び不毛な事に気付いた私。当初の「二度と手出しが出来ないようにする」目的の為に、用意しておいたトドメの文章。

「これ以上は無駄だ。二度と話しかけるな」

「おう! もう二度と話しかけんわ!」

 推測通り、こうして逃げ道を用意してあげれば乗ってくれました。

 先方も恐らく(あくまで優位性を保ったまま)矛をおさめたかったのだと思います。

 

 

 

 そして翌日。

 ターさんは無視して、近くに居た先輩数名に元気よく、

「おはようございます!」

「ああ、おはよー」

 いつも通りに振舞っただけですが、ターさんは弾かれたようにこちらを睨みつけ、

「なあ、本当に挨拶の一つも出来んのか」

「二度と話しかけないと言ったはずだが?」

 ターさんは、言葉の通じない私に対して、やれやれと頭を振って去って行きました。

 これで良い。これが彼との最も理性的な関係だと、当時の私は確信していました。

 

 

 

 その日のお昼時、副所長から「ちょっと来な」とお呼び出し。

 やはりと言うかなんというか、ターさんに関するお話でした。

 しかし要約すると、

「思う所は色々あるだろうし、やり返してしまった事は仕方が無い。気持ちはわかる。

 だが“二度と話しかけるな”と言う言いぐさだけはやめろ。どんなにいがみ合っても同じ会社の仲間だ」

 と言う事でした。

 さすがに前科が多すぎて、副所長もわかっておられたのか。

 反撃するにしても、言って良い事・悪い事があるよ、という注意に留まりました。

 確かに、今思えばその通りでした。

 どんな相手・どんな状況であろうと、タブーだけは破ってはならない。

 

 そして次に、風の噂で、所長の反応を耳にする機会がありました。

 曰く、

「(私)には、ターさんに頭下げて詫びさせる。許せん」

 との事です。

 けれど所長がそれ以来私に話しかけて来ることすらなくなり、彼は彼で口ばかりだと、軽蔑したものです。

 公正に調べた上で、双方に歩み寄り、駄目な事は駄目だと教えてくれた副所長と話した後だったので、余計に比べてしまいました。

 所長は、副所長と違ってどういう背景があったか知ろうともしませんでした。

 私の事はまだ良いでしょう。けれど、同じように絡まれた先輩は相当数います。

 先の“若干気弱な先輩”は、明らかにターさんに怯えながら指示を出していたし、罵声を浴びせられた所も何度か目撃していました。

 こんな“指示を拒否する”という会社の利益としても最低限度の水準を満たさない人間が、後に入ってきた将来有望な後輩を潰すかもしれない。

 所長は、それで良いのでしょうか。

 確かに今にして思えば、いじめられない為の保身とは言え、私はターさんの自尊心を破壊する為に計算して文章を紡ぎ、そうするのに便利な声や表情を作りました。

 そして、途中から結局感情にも飲まれ、心からの暴言も浴びせました。

 正直なところターさんに反論しながら「半分程度しか生きていない自分の方が、仕事の面でも人間的な面でも圧倒的に優れている」という優越感が無かったわけではありません。

 ここまで読んで下さった方は、思ったことでしょう。

 この時の私もA社のタケさん……までとはいかなくても、ダイさんと同じ事をしたのだと。

 彼らと違う点と言えば、私の目的は永続的に相手をいじめるのではなく、あくまでも後の禍根を絶つ事にありました。

 つまり、二度と関わりたくなかったし、言うなれば彼に対して上司のような責任も無い。

 だから、それっきりで終わったのです。

 けれど本当に、自分の部署に彼が異動してきたら……恐らくエスカレートを重ねて、本当にタケさんと同じことをしていたかも知れません。

 

 

 

 余談。

 私は宗門校に通っていた関係で、若干仏教を習っておりました。

 その中で元々印象に残っていたお話が、人間が心に持つ“三毒”です。

 貪・瞋・癡とん・しん・ちという三つの毒からなる煩悩の事で、それぞれ、

 

 貪とは必要以上に求める心。過度の欲求。

 瞋とは怒り、憎しみの心。

 癡とは無知……言い換えば“最初から知ろうともしない類の愚かしさ”

 

 を意味します。

 最初にこれを聞いた時、私はどちらかと言えば否定的でした。

 癡に関してだけは、もっともだと感じていたのですが、問題は残りの二つです。

 求める心は向上のために必要であるし、(実際、自己研鑽の為の求道心などは貪とされないので、半分は誤解でしたが)

 怒りもまた、向上のバネになるし、自分を守る武器でもある。

 馬の耳に念仏、とはこの事で、学生時代の私にこれをちゃんと理解する素地がありませんでした(癡)

 けれど、今ならわかるつもりです。

 相手(会社)の事情も把握せずに自分の成果ばかりを誇示し、もっと与えられるべきだと言う自己完結から、怒りに呑まれて自己さえも見失う。自分に苛まれている相手がどういう背景を持ち、どんな家族・友人と共に在るか想像すらできなくなる。本当は出来るのに。

 その姿のなんと醜く、みじめな事かを。

 前にも触れた通り、タケさんやダイさんは、本来それぞれに賢い人間でした。

 タケさんは直観的な知性と他人をよく見てフォローする能力が優れて居ましたし、ダイさんは本来、論理的な考え方が上手いし、他人がどこまで踏み込んで良くてどこまでがタブーなのかという感覚がきちんとした人です。

 その彼らが本来持つ知性を、本文での通り大きく損ねて、まさしく“畜生”に貶めてしまったものこそ、この“三毒”なのでは無いかと思います。

 昔の人は、既にわかっていたわけですね。

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