1社目 下積みと言う名の搾取

 せっかくなので、1社目の例も挙げておこうと思います。

 入った会社がことごとくブラック扱いじゃないか! 君にも原因があるんじゃないのか?

 と言う言葉が聞こえてきそうですが、返す言葉もありません。

 後述しますが、新卒の時点でちゃんと考えないと、こう言う事になります。

 

 

 

 専門学校を卒業した後、これと言って目標も志もなく「自分一人が餓死しなければ何でもいい」と言う思考のまま1社目を受けます。

 そして支店長の「バイト扱いから入り、契約社員として下積み数年のあと正規雇用」と言う話にもさほど疑問を感じず(考えるのも面倒という有様で)二つ返事で承諾。晴れて採用となりました。

 

 会社としては、割りと大きな母体を持つ支店であり、長年培われたシステムによってスムーズに仕事がしやすい環境だった……と今にしては思います。

 ただ、このケースに関してはそこが仇になりました。支店の裁量全てが支店長に任されており、その支店長個人がブラックだったと言うパターンでした。

 約1名を除いて仲間は良い人ばかりでしたし、支店長自身もほぼ干渉して来ないので、精神的には楽でした。(例外の約1名に関しては後述)

 しかし、新卒で未熟な(先輩には日々突っ込まれまくりな)者が上司に干渉されないと言う事は……少なくとも、その上司は私の動向を見ていない事を意味します。

 一日の大半は事務所にこもり、現場に出てくる事は稀でした。

 管理職ですから、私には想像できない量の事務仕事をお持ちだったのかも知れません。

 しかし、たまに用事があって事務所に行くと、大抵ぼけーっとテレビを眺める彼の姿を見れました。

 “下積み”の私でもわかる程度に、現場には改善すべき所が沢山ありました。長年のセオリーが浸透しすぎて、あちこち情報が古いのです。

 全てが彼の責任で無いにしても、責任者の承認無しには変えられない事も沢山あります。

 それが出来ないなら出来ないなりに、納得させるための言葉や動きが見れて然るべきです。

 テレビを眺めている暇など、あるようには思えませんでした。

 

 支店長が全く私に不干渉だったかと言うと、そんな事もありません。

 ある日、突発的に急ぎの仕事が入り、対応出来るのが私だけでした。

 それを客先から受けたのが支店長だったので、彼の口から内容が伝えられます。

 時間が無いので、必要な情報を得たらすぐにでも仕事にかからねばならない。最後まで指示を聞いて、疑問があれば即座に質問する。

 結果、内容的にややこしい部分は無かったので「はい、はい」と一つ一つに相槌を打っていましたが、

「はい、はい、じゃないだろうが!」

 と、発作でも起こしたような唐突な面罵を浴びせられました。

「疑問とか、もっとこうした方が良いのではとか、そんな意見が一つでも無いのか!」

 重ねて言いますが、時間がありません。

 貴方は心臓マッサージが必要な人の居る場面で、手を止めてその人の職業だの家族構成だのを質問しますか?

 胸が骨折しているか? 等の大事な質問があれば一通り内容を聞いてからにするでしょう。

 何と言うか、この支店長の厄介な部分はどうも「一人前に仕事への矜持があるらしい」事でした。

 昭和世代にありがちな事です。

 確かに昭和の時代に頑張り、現代に繋げた先人たちは尊敬します。

 しかしそれは、この支店長(そしてA社(旧)部長)の事ではない。頑張った人達に乗っかって、悠々自適に待遇を上げていった人達の事ではない。 

 私は断固、そう思います。

 その後「帰り際の態度が気に入らない」など、たまにちょっかいを貰ったりしました。

 そもそも接触が少なく、回数も数えるほどしか無かったのがまだ救いでしたが……切り捨てる判断が遅れた原因かもしれません。

 私は私で、仕事に慣れたら惰性に身を任せ、今置かれている状況を考えようともしなかった。

 

 五年が経ちました。

 流石にバイト扱いからは抜けていましたが、依然、待遇は契約社員のまま。流石の私でも将来に危惧しますし、この支店がおかしいと言う事にも気付きます。

 そして、向き合う気になった時、私は契約の継続を拒否しました。事実上の退職願いです。

 別に、会社や支店長を非難する気は一つもない。

 ただ、私が辞めたいと勝手に判断しただけ。それ以上でもそれ以下でもない。

 それに対し、支店長はまるで自分が責められたかのように憮然とし、

「うちの仕事では生きていけないとでも言うのか? お前を正社員に出来なかったのは、お前が学ぶ姿勢を見せなかったからだ。

 主任からも、何一つお前がよくやっていると言う話を聞いた事がない。

 一度でも主任に○○したらどうですか、と訊いたか? 俺に何か提案したか? モチベーションが見えないんだよ。だから資格も取りに行かせてやれなかったんじゃないか」

 確かに、この頃の私は無気力そのもので、今、食べていければそれでよかった。ニートでなければ何でも良かったし、その仕事は別に貴社でなくとも良かった。

 部下がこんなだと、確かに腹も立つでしょう。

 しかし、人のせいにするわけでもないですが「主任への提案」とやらなら何度かやっています。

 この主任が、先に述べた「良い仲間ばかりだった中の唯一の例外・約1名」でした。

 この主任、別の支店から異動してきたのですが、パートさんを何人かいじめて辞めさせ(始末書を書かされても反省せず)私との関係も、険悪そのものでした。

 取り立てて有益な情報も無いので、今まで言及はしないでいましたが……「命の危険がない、タケさんの下位互換」「口だけのタケさん」と言えばそれで通じると思われます。

 私は彼に新製品の提案などを何度か行ってきました。しかし、

「勝手な事をするな」

「品名が気に入らない」(品名にも重要な狙いがあり、それを説明しても「駄目だ、まずこの品名である限り通さない」)

「次やったらグーで殴るよ」

 こんな有り様で封殺されるわけです。

 繰り返しますが、この人の特徴はタケさんで替えがきくので、これ以上は触れません。文が冗長になるので。

 しかし問題は、支店長がちゃんと現場を見ていれば何かが違った、と言う事です。

 そうすれば、彼が欲していた“私の意見”を聞くチャンスはあった筈です。

 彼らに言わせれば人に頼らず自分でやれ、とでも言われそうですね。

 けれど、下が「自分でやる」事を封殺しているのが、パワハラ上司と言うものです。

 今よりは気弱で、今よりは人に配慮がないという、絶妙なバランスにあった当時の私は、以下の言葉で燃料をぶちまけてしまいます。

「支店長は、どこで私の仕事を見ていたのですか?」

 ただ訊いただけ、のつもりでしたが、これで支店長は更に激昂。今にして思えば当然ですが。

「どこで見ている? 何てこと言ってくれんだおい!?

 俺はな、仕事を家に持ち帰ってまでやってるんだ! お前と違って、帰ったらそれで終わりじゃないんだよ! 俺はな、俺は、30年この仕事やってんだぞ! よくそんな逆らうような事を言えるな!?」

 その後、退職に関する手続きが色々とあるわけですが、

「おい、こんな書類もスラスラ書けないとか、社会人として恥ずかしいぞ」

「おーい、そんな簡単にハンコ押していいんか? 浅はかなんじゃない? 詐欺とかにあいたいのか?」

 等々。

 多分、もう少し血の気の多い時期だったら、

 貴方の30年は無駄だったんですね。

 くらい言いかねなかったと思います。若さって恐ろしい。

 

 なお、ここから数年後に、この支店長は左遷されます。業績が悪くて、本社にバレたのでしょう。

 どういうわけか、彼が育てたらしい現場の人を道連れにして。この人もこの人で、ある先輩を罵倒しすぎて退職に追い込んでいるのですが……たとえそんな人でも、師匠がコレな上に一生モノの絆で縛られるとか、正直可哀想でなりません。

 そして今は、人格・実力ともに相応しい人が支店長となっており、売り場を見ただけで、前の支店長時代とは格が違う事がわかります。

 

 非正規雇用を否定するつもりはありません。

 けれど貴方に明確な目標がなく、よほどの狙いが無い限り、新卒の仕事で契約社員は避けるが無難です。

 その仕事を一生するつもりはなくても、積み重ねたキャリアは後の職業選びの自由度に大きく関わります。

 これもまた、ブラック企業を辞めたくても辞められない原因と言えるでしょう。

 昔の寿司屋でもあるまいに「数年の下積み」などという数字も不明瞭な話を、鵜呑みにすべきでもありません。

 前に紹介した2社目もなのですが“数字”に対していい加減な会社は、最もわかりやすいブラック要素だと思います。

 例え、母体そのものが優良企業でも。

 

 支店長に「安くこきつかってやろう」と言う打算は無かったとは思います。

 けれど何にせよ、老人が若者の前途を奪うようなやり口は許されるものではありません。

 

 私の義甥がこう言いました。

「僕はお金持ちになりたいわけでは無い。けれど、不自由したくないから、今本気で勉強して建築士を目指す」

 彼の家はむしろ裕福な部類に入ります。

 それでも、まだ中学生でこう言ってのけた。

 正直、彼を見ると自分が恥ずかしくなります。

 突き詰めれば、就職活動とはこの時点から既に始まっており、新卒カードをめんどくさいと言ってふいにするような所業は、未来の妻子をも苦しめます。

 だから、私のようにブラック職場で苦しみたくなければ、ブラックを避ける努力は惜しまないようにしましょう。

 角がたちそうな言い方になりますが、ブラック上司とは、大抵“無教養”から生まれるものですから、彼らと同じ職場にならないためにも勉強は予防策として大事なのです。

(誤解しないで下さい。貴方や貴方の恩人が無教養なのではなく、無教養なブラック上司も混ざっている場所を避ける努力が必要だと言う意味です。似ていますが違います)

 

 あと余談ですが、

「お前には辞めて貰っても困らん。どうぞ、辞めてくれ。やりようはいくらでもあるわ!」

 と啖呵を切られましたが、後日、部署の人に「その後どうですか?」と電話したところ、

「(私)が抜けた分、次が見つかるまで二倍頑張ってくれとお願いされた」

 との事。

 本当に、求人を出す以外の対処は皆無で、かけられた言葉はそれだけらしいです。

 それがこの支店長の言う“やりよう”なのでしょう。

 なんてパワフル。

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