第3話

 私は、お兄ちゃんからパーカーと短パンと靴下とスニーカーを借りた。

 久々の外。人がいっぱい居る。皆……お洒落。本当に私の世界観は小学生で止まっていた。You TubeやネットやTwitterで、なんとなく世の中と同世代の服装というか、何を身にまとっているのか、位にしか認識していなかったのだ。だから、きっと同世代であろう人物達がものすごく大人っぽく見えて。かと言って、同じ格好をしたいとは思わない。 

 お兄ちゃんに服を借りる時に、ブラジャーとかもない事を伝えたら、駅前のショッピングモールに連れて行かれて、「ノーブラは流石に不味い!」と、言われてお兄ちゃんがハンバーガー屋さんで待っているから、と一万円札を渡されて「下着や好きな服を買ってきていいよ」と、言われたけれども、全くオシャレとか下着なんてわからなかったので無難にお兄ちゃんから借りた様なパーカーとズボンとスニーカーと、スポーツブラというものをセールで何枚か購入した。

 あとからお兄ちゃんから聞いたけど、お小遣いじゃなくて、ちゃんとお兄ちゃんのアイドル活動のお給料らしい。確かにテレビにも、よくファッション雑誌にも出てるみたいだし、それこそYou Tubeのチャンネル登録者数とか再生回数も凄かった気がする。

 お兄ちゃんは、アイドルグループ“スパロウ”という四人組の一人だ。

 リーダーで最年長のリョウさんは、とにかく優しそうで、アニメのヲタク担当。

 あと、LIVEとかの全ての衣装デザインまでこなす、お洒落担当の人懐っこそうなヒサタカさん。

 舞台構成とか俳優業に力を入れているクールな感じのコウタさん。

 そして、最年少だけど歌が上手くてお調子者キャラの……お兄ちゃんのユウヤ。


 そういえば……紅白とかカウントダウン系の番組にも出てた気がする。え?お兄ちゃんってやっぱり凄い人?!


ーーーーーー

 

 とりあえず、スポーツブラを付けてお兄ちゃんの所へ向かった。カラオケに着いたらお兄ちゃんが食べ物のメニューを持ってきてくれた。

 そういえば、ご飯といえば、お母さんが部屋の外にトレーの上にお皿にラップのついている冷めたご飯しかずっと食べていなかった。いつも部屋の外から「朝ごはんよ。」「お昼はパートに行くから。冷蔵庫なに一応食べ物とから戸棚にカップラーメンとかあるから。」「夕飯、置いておくわね。」って、声しか聞いていない。部屋の鍵は付いているけど、締め事は無かった。でも、お父さんもお母さんも入ってくる事はなかった。

 それは、入って来られなかったのか、あえて入って来なかったのか……。

 

「わぁ……。食べ物がたくさん!」

「母さんだってメニューにあるようなオムライスとかハンバーグとか、ちゃんとやってくれてんじゃん!」

「でも……。」


 いつも冷たい。でもそれは、私が直ぐに扉を開けないで時間が立ってから、誰とも顔を合わせないように夜中とかにこっそりと扉を開けて食べてたから……なんだよね。

 

 届いた出来立てのハンバーグカレードリアが暖かくて美味しくて。でも冷めていた普通のケチャップのついたお母さんの作ってくれていたハンバーグの方が美味しく感じて……なんだか涙が出てきた。


「マコト?」

「暖かくて本当に美味しくて……。でもお母さんのハンバーグの方が美味しい。」

「それ、母さんにマコトから言ってやんなよ。喜ぶよ、きっと。」

「お父さんも……お母さんも……私の事なんて。」


 お兄ちゃんは、黙った。私も知ってるし勘付いている。お兄ちゃんは、アイドルだし進学校の優等生。私は小学生の頃から引きこもっていて、もともと引っ込み思案だった。ご近所さんでも我が家にはお兄ちゃんしか子供はいない、と思われている。そんなご近所さんの声も聞こえてくるし、お父さんもお母さんも私の話はしない。誰かが家に来ても何もない。この家に、私は居ないのだ。

 

「でもさ、母さんのハンバーグの方が美味しいって感じるって事は、少なからずマコトへの愛情が入ってるって事だろ?」

「そうなのかな?」

「料理の一番の隠し味は“愛情”って言うだろ?」


 お兄ちゃんが、優しく笑ってくれた。本当にキラキラしてる。本当に双子で……同じ顔なのかな?


「うっし!腹ごしらえもしたし、歌うか!何歌う?」

「歌う?!私が?!」

「……カラオケですから。」

「何を……歌えば。とゆーか、カラオケのシステムわからない。」

「好きな歌とかないの?」

「好きな歌?」

「よく部屋で歌ってんじゃん。」

「……うそ!聴いてたの?!信じらんない!お兄ちゃん……え、エッチ!」

「なんでエッチ?!隣の部屋なんだから聴こえるんだよ!」

「だからって……。」

「ほら!何歌う?!」

「えっ……。」


 私は、最近You Tubeでよく聴いていて、口ずさんでいた曲を思い出してた。それを入れてもらって、マイクの電源の付け方を教えてもらって、曲が始まった。部屋で歌っている時と同じ声量でポソポソと歌うか。でも、私の微かな声はカラオケの部屋に響く。

 気持ちいい。そういえば、歌う事は好きだったかもしれない。


 歌い終わるとお兄ちゃんが拍手してくれた。


「声小さかったけど、やっぱりいい声してる。そして……。」 

「……?」

「いや。俺達、声も似てる。やっぱり……イケるな!うん!今の曲、もう一回全力で歌ってみよう!」

「もう一回?た……体力が。お兄ちゃん、私のライフポイントはゼロよ。」

「地味に遊戯王。てゆーか体力無さすぎだろ?!」

「だって、今日お風呂入って。髪切って。ピアス開けて。外出て。お買い物して。カラオケで歌って。小学生から引きこもっていた私は浦島太郎の思考回路ショート寸前の星くずロンリネス状態ですわ。」

「なにその語彙力あるのかないのかよくわからない状態説明。……じゃあ体力付けるためにもこれからこうやって俺の学校とか仕事無い日は……カラオケで特訓だ!」

「特訓?!なんの?!」

「マコトの社会復帰の為の特訓だよ!」

「えぇ!!!!!」

「地味にマスオさんのモノマネ!」

「あ……。今のは素です。」


 すると、お兄ちゃんにカラオケの椅子に押し倒された。そして、そのままお兄ちゃんが私の足を押さえつけてきた。


「じゃあ、兄ちゃんが足抑えててやるから。はい!腹筋!」

「腹筋?」

「……知らないんかい!お腹に力入れて!さあ!兄ちゃんの所に起き上がってくるんだ!さあ!」

「……。」

「さあ!」

「……起き上がれません。」

「嘘だろ?!体力だけじゃなくて筋力も皆無かよ!」


 こうしてこの日から、カラオケでのお兄ちゃん直々のボイストレーニングと、何故かお兄ちゃんの“スパロウ”のダンスレッスンが始まった。

 ある意味……国民的アイドルから直々に指導されてるって……私、なんか凄いのかな?


 

 

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