第2話
「てゆーか!臭っ!え?臭っ!え?!何?!部屋が臭いの?!お前が臭いの?!」
お兄ちゃんは、ゲラゲラと笑っていた。
「ひ……酷い!一応、年頃の女の子なのにっ!」
「年頃の女の子なら、せめて引きこもってても換気くらいしろよ。」
お兄ちゃんは、笑いながら部屋に入ってきて、勝手にカーテンと窓を開けた。ずっとカーテンを締めてるし、パソコンのオンラインゲームとYou TubeとTwitter位しか夜の中の関わりなんてない。だからなんとなく日中の生活リズムは逆転している……位にしか感じていなかった。
ご飯はいつも部屋の前にお母さんが置いていってくれてたし。トイレと、お風呂も身体が痒くなったな、とかちょっと臭うかも……なんて感じたら夜中にこっそり部屋から出て済ませてたし。
一回だけ、お兄ちゃんが多分中学生の受験で塾に行っていた時に、お父さんとお母さんが部屋に来て、「小学校も中学校も行かないで不登校だからこれからどうするんだ」って、「双子のお前のお兄ちゃんは進学校目指して塾に行ってるんだぞ」って言われた。
そんな事、同じ家だもん。お兄ちゃんは隣の部屋だし。話声として、会話が情報として私の耳に届いてたもん。
その時、私はお父さんとお母さんに怒られていたのに、「やっぱりお兄ちゃんは凄いなぁ」って、凄く嬉しくて笑ってしまった。そしたら、お父さんとお母さんは、怒られてるのに笑った私を見て気味悪がった。
そして……もともとこの家に居るかも解らない存在だった私に、より関わらなくなってくれた。きっと「あぁ。この子はもう駄目だ。」と、思われたんだと思う。
窓から日が差し込む。すっごく眩しい。部屋が照らされると、部屋中のホコリがキラキラと舞ったのが見えた。
小学校入学の時におじいちゃんとおばあちゃんからプレゼントされたうさぎのキャラクターの可愛い目覚まし時計がベッドの横に置いてあって、「そういえば、おじいちゃんとおばあちゃんがくれたなぁ。てか……ふたり生きてるのかな?」
夏休みとか冬休み、昔は家族全員でおじいちゃんとおばあちゃんの家に行っていたのに、私が引きこもる様になってからは、最初はお母さんが部屋の前から声を掛けてくれていたものの、毎回断わっていたら、その内声すら掛けられなくなった。でも、ずっとお母さんは家にいたし、お父さんとお兄ちゃんだけ帰ってたのかな?
いや、食べ物がカップラーメンだけの時があったから、もしかしたらお父さんとお母さんが交代でお兄ちゃんと帰ってたのかも。
なんか、同じ家にいて、家族なのに、まだわからない事もあるんだな。
「ちょ……ホコリやっばぁ!ゲホゲホ!ウケんなぁー。」
お兄ちゃんが笑いがら、おじいちゃんとおばあちゃんから貰った時計を見て「時計止まってんじゃん!」と、またゲラゲラと笑った。
「へー……。」
「な、なに?」
「いや、小学生の頃から部屋から出てないとこんな感じなんだなって。」
「……どんな感じ?」
「ほら、お前小学生の頃から引きこもってただろ?誕生日もクリスマスもプレゼントすら欲しがってない、とは聞いてたけど。部屋がさ、そりゃパソコンはあるけど……学習机にランドセル、服も……そか、パジャマだもんな。その……部屋は小学生の頃のまんまだったんだな。」
なんだか胸がチクッとした。
「でも、やっぱり俺達双子だな!身長もやっぱり同じ位!声もやっぱり似てる。一応俺声変わりしたんだけどさ、やっぱり声高い方みたいで。」
またお兄ちゃんは、ケタケタと笑った。
「そういえば見た目とかこだわりある?」
「特には……。」
「あ、そか。一応女の子だもんな!髪とか伸ばしてんの?」
「いや、別に。」
「うそ!すっげぇ長いじゃん!ラプンツェルかよ!」
「……ラプンツェル?友達?」
「え?ラプンツェル知らないの?!あ、まあ、そっか。ひき……」
「引きこもってましたから。」
「そう毒づくなよ。……ごめん。」
「いや。」
「てゆーか、じゃあさ!髪型とか見た目、こだわりとかないよな?」
「……こだわる理由も根拠も無いけど。」
「じゃあさ!今、親父もお袋もいないからさ!風呂行こーぜ!」
「は?!」
「風呂入るついでにお兄ちゃんが髪を切ってしんぜよう!」
「お兄ちゃんと一緒に入るの?!」
「だって兄妹だし。」
「流石にそれは……。」
「じゃあ、風呂上がったら髪そのまま切るから。ほい!親父たちが帰ってくる前に風呂へ行く!」
「は……はい。」
何故か思わず敬語になってしまった。
久々のお兄ちゃんとの会話。やっぱりお兄ちゃんはキラキラしてる。本当に私達双子なのかな?いつもそう思う。それこそ、You TubeとかTwitterでアイドルのお兄ちゃんを見ると……カッコいいより、可愛い……かも。
お風呂で身体を洗いながら鏡を見ると、確かにお兄ちゃんと同じ顔。でも、全然別人だよ。
ーーーーーー
お風呂から出ようとしたら、お兄ちゃんがお風呂のドアの所にハサミを持って立っていた。そして新聞紙が洗面所の床に敷かれていてその上に椅子が置かれていた。……手作り美容室?
「椅子座って。」
「あ、はい。」
「結構短くしてもいい?」
「はあ、どうぞ。」
「うっそ?!マジで?」
「え?坊主とかにするの?」
「いや、俺くらいの長さに。」
「なら、許容範囲内です。」
「マジっすか?!いーんすか?!」
「はい。どうぞ。」
「マジかぁ。」
「え?切らないの?」
「いや。やっぱり一応女の子ってさ、“髪が命”とか言うじゃん?」
「だってずっと引きこもってたし、むしろ生きてるか否かな感じだし……。」
「……うん。切ろう!ここは、兄として男として!マコトの髪を俺は切る!い……いくぞ?!」
「バスタオルだけで寒くなってきたので早くしてください。」
「あ……そうだよな!風邪引く前に!親父達が帰ってくる前に終わらせよう!」
そう言ってお兄ちゃんは、私の首元の髪を掴み、そのまま思いっきりハサミで髪を切った。腰くらいまであったであろう髪の毛が床に落ちていく。そして、器用にチョキチョキとハサミの音を鳴らしながら髪を切ってくれた。
「お兄ちゃん……美容師さん?」
「普通の高校生だよ。」
「でも……アイドルしてる。」
「まあね。」
「髪も切れて、高校生で、アイドルもして……やっぱりお兄ちゃんってなんでも出来るんだね。」
「そんなんじゃねぇよ。髪だって、同級生の姉ちゃんとか兄ちゃんで美容師の人がいて、その人に切ってらもらって今もその真似みたいなもんだ。……にしても、よかった。」
「なにが?」
「その……お前が太ってなくて。」
「は?」
「だってさ、引きこもりって不摂生だからデブ多いイメージだったし。むしろお前細いほうだな。」
「そうなの?」
他人と接触しないし、自分の事なんて見てなったから知らなかった。
「その……胸もないのな。」
「はぁ?!」
「いや、こっちとしてはありがたい……。」
「ちょ!な!は?!」
「あ!動くなって!」
流石に、「胸がない」には傷付いた。確かにずーっとパジャマだったから、その世間一般でいう“ブラジャー”という代物は付けた事がない。そういえばパンツも洗濯してもらってはいたものの。デザイン事態は……。
「イチゴ柄と花柄……。」
年頃の女の子ってどんなパンツ履くんだろ。やっぱりお母さんが下着とかパジャマ買ってくれてるみたいだし。もしかしたらお母さんの中でも、私は“小学生”のマコトで時が止まっているのかもしれない。
とゆーかパジャマじゃないならどんな服着るんだろ。なんか浦島太郎ってこんな気持ちなのかな?急に、世界に取り残された感じがした。
「お兄ちゃん。」
「ん?」
「お兄ちゃんって今いくつ?何歳?」
「十六歳。……お前もな。」
十六歳?私、何歳から引きこもってたんだろ?それすら思い出せない。
「マコト。ピアスとか付けてみる?」
「ピアス?」
「ピアッサー買ってきたから。ちょっと痛いかもだけど……チクッとするくらい。」
「注射とどっちが痛い?」
「断然、注射!」
「ならいいよ。チクッとくらいなんでしょ?」
「本当にこだわりないんだな。」
あれよあれよという間に髪は短くなり、もう一回お風呂に入って、お風呂から上がったらお兄ちゃんがピアッサーで右耳にだけ穴をあけてくれた。とゆーかお兄ちゃんの嘘つき!痛かったんですけど!……でも、注射も最後にいつしたかなんて覚えてなくて。確か幼稚園の時に風邪を引いて、お母さんと病院に行って怖くて泣きながら打たれた記憶しかないからなぁ。そういえば、私ずっと風邪すら引いてないかも。
お兄ちゃんが羽根のデザインのシルバーって素材のピアスを付けてくれた。
「これは、兄ちゃんからマコトへのプレゼント。俺は左耳に。マコトは、右耳に。双子で、片割れずつ。」
「ふたりでひとつのピアス?」
「そ!何があってもこれがお守りっつーか、俺が側にいると思って。あと、ほら!」
お兄ちゃんが鏡を見せてきた。
「本当に。改めて俺達双子なんだな。覚えてるか?俺達、歌習ってたろ?」
「そういえば。」
「俺、ずっとお前の歌声が好きだった。」
「同じ声だったのに?」
「今は、どうなんだろうな。」
「お兄ちゃん、確かに声高いけど、一応男女の差はあるし……。」
「うっし!マコト!今から兄ちゃんとカラオケ行くぞ!」
「カラオケ?!」
何年ぶりに家の外に出るんだろ?
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