俺には何も響かない
多賀 夢(元・みきてぃ)
俺には何も響かない
――分からん。
それが、俺の彼女が言う『活動』に関する感想だ。
「ねえねえねえ!!」
と、突然ハイテンションで呼ばれて。
「ねえ、私の作品めっちゃイイねされた!凄くない!?ねえ凄くない!!?」
強引に、タブレットの画面を見せられて。
僕はそれをちらっと見て、いつも正直にこう答える。
「何が?」
途端に彼女に頭を叩かれる、そこまでが休日のワンセットだ。
仕事の昼休み、俺は車の中で自分が詰めてきた弁当を食べていた。
料理は好きでよく作る。彼女にも作ってやったら最初はとても喜んでくれた。だから毎日途切れず弁当を作ってやったのに、途中から「ウザい!いらん!」と突き返された。あれは3日ほど落ち込んだ。
(俺の弁当好きって言ったから、おそろいで作ったのに)
まったく同じタッパーに、同じ量の卵焼きや唐揚げ。きっちり半分こにしたのに、何がそんなに不満なんだ。
卵焼きをかじると、じゅわっと甘みが溶けだした。うむ、今日も美味い。俺天才。
「お前、またこんなところで食ってんのか」
声をかけられて、俺は空けた車窓の外に首を巡らせた。顔は知っているが名前は知らない奴だ。ここは人の出入りが多い工場だから、名前など憶えても意味がない。
「ええ。静かなんで」
俺は言外に『早く出ていけ』と匂わせて、また弁当に向き直る。
「お、愛妻弁当?」
「――俺が作りました」
俺の彼女は、俺より料理が下手なんだよ。そんな奴に弁当なんて作らせる気ねえわ。
「うお、すっげえ!今野さん、器用なんだな!」
おい。馴れ馴れしく俺の苗字を呼ぶな。
「なあ、唐揚げ1個食っていい?」
「……どうぞ」
「あざーっす。おお、うんめえええ!」
「……」
口に物を入れたまま話すな!食った指を舐めるんじゃねえ!!
「すげーわ、今野さん店出せるわこれ」
「……どうも」
見え透いたお世辞はいらん、とっとと失せろおお!!
彼女と住む部屋に戻ったら、何故か彼女が神妙な顔をしてダイニングチェアに座っていた。
「おい、夕飯の買い物は?」
「それより、大切な話があります」
「いやでも飯」
「まず私の話を聞いて!」
あまりの気迫に、俺はおずおずとテーブルをはさんで彼女の正面に座る。
「で、何」
「私、来週東京に行く」
「――は?」
うちにそんな金あっただろうか。てか来週のいつだ?俺のシフト空いてたか?
「行くのは私だけだよ。私しか招待されてないし」
「は?誰が招待したってんだよ?」
「××社」
聞いたことがある会社だった。よく読む漫画の出版社がそんな名前だ。
「私が書いた小説、賞取ったんだよ。その授賞式で東京行くの」
急に世界が歪んだ気がした。なんだ小説って?それに賞ってなんだ?会社に呼ばれるってどういう事?
彼女の言っていることが分からない、知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない!
「駄目だ!!」
わからないことは取り合えず逃げる!こいつをここで止める!
「ダメって、なんで」
「お前仕事どうすんだよ!生活ギリギリなんだろうが!東京いく飛行機代だって馬鹿にならないんだぞ!それに会社に呼ばれるって意味が分かんねえ、小説とか俺知らねえし!!」
彼女の顔から一瞬表情が消えた。次の瞬間、俺の鼓膜が震えた。
「小説知らないってどういう事よ!サイトにUPするたびに見せてたじゃん!イイねこんなに貰った、感想でめっちゃ褒められたって全部報告してたよね!!」
「しらね――あ」
あれか。時々しつこく画面を見せてきてた、あれが小説だったのか。
「でも、一人で東京は駄目だ!」
「なんでよ、3日で行って帰ってくるだけじゃん」
「3日!?」
そんなにこいつと離れるのか、そんなの嫌だ、そんなの怖い!
「駄目だっつってんだろ!」
「なんで!」
「その間に浮気しない保証もないだろうが!」
彼女は沈黙した。
俺は事が終わったとほっとした。
「それより夕飯――」
「出てくわ」
「は」
待て。なんでそうなる。
「だから出てくっつってんだよ、この精神引きこもりが!!」
「え? ちょ、まって、ねえ、ねえ!?」
彼女は、本当にそのまま出て行った。
『今日、今年の××社推理小説新人賞が発表になりました。この賞からは、ドラマ化されて一大ブームになった○○の作者、△△さんや――』
車のTVでニュースを付けると、そこに笑顔満面の彼女がいた。審査員には見たことがある俳優もいる。初めて、俺は彼女がとんでもなく凄い賞を取ったのだと知った。ごくごく普通の人間だったのに、俺より料理が下手なのに、彼女は俺の手を借りずにテレビの向こうに行ってしまった。
「どうせ、今年の出来が悪かったんやろ」
弁当をつつきつつ斜に構えてつぶやくも、どうにもモヤモヤが消えない。そもそも、推理小説が小説の中でどういうランクにあるのか分からない。底辺ではないだろうな、ライトノベルよりは上だろう。漫画と比べたらどっちが凄いんだ、漫画の方が売れてるだろ。
「おー。千歳ハツエって、こんな若かったんだー」
この前の唐揚げ男が、いつの間にか車の側からTVを覗いていた。千歳ハツエは、彼女のペンネームだそうだ。確かにババ臭い。
「……知ってるんすか」
「もう大ファン!フォロワーが1万超えるような凄い人」
マジか。
「小説投稿サイトにUPしてるの、僕は全部見たかな。この人、推理だけじゃなくて歴史物も現代ドラマも上手いんだよなあ。作家目指してるって公言してたけど、初志貫徹は素晴らしいわ」
「……俺の、彼女です」
俺のつぶやきに、唐揚げ男はのけぞった。
「え!?それは――その、ファンとしての?」
「いやマジです。リアル」
「うわうわうわ!じゃあサインをお願いしても」
「でも、別れました……授賞式、行くなって言ったらキレられて」
「あー……てか、なんで行ってほしくなかったん?」
「賞が、どんなレベルか、分かんなくて」
全国ニュースになるような凄い賞なら、最初から止めなかった。むしろ俺も着いていった。同棲している彼氏なんだ、会社だってお金を出してくれるのが筋だろう。
「いや今野さん。賞に、レベルもクソもないからね」
「?そうなんですか」
「もうね、書けること自体が凄いの。創れるってのが凄いのよ」
分からない理屈だ。偉い人に褒められるから、凄いんじゃないのか。
「うーん。今野さんは、自分の唐揚げ好き?」
「え、さあ、どうだろ」
「僕は好きなわけ。家庭の味って感じで、優しい味がして」
「ああ、どうも」
「お世辞じゃなく、心の底から好きです。本当に、お店で売ってほしいと思っています。今野さんが本気になったら、出資しても惜しくないってくらいファンです!」
急に敬語になった唐揚げ男に、俺は少し笑った。
「『くらい』でしょ、本気じゃなくて」
こんな唐揚げはたくさんあるはずだ、店なんか出したって売れっこない。
「じゃあ言い換えます!本気なら、出資します!」
「え、いや……でもいいです」
俺は工場勤務でいいんだ。毎日同じ物を作って、同じ動きを繰り返して、決められたルールに沿って生きるのが楽なんだ。
「俺に、そんなの無理です」
「まーねー!」
唐揚げ男はあっけらかんと言った。
「いや、大抵の人が無理なのよ。偉い人が決めたルールに従って、決められたモノ作って生きるのがせいぜいだわ。でもね」
唐揚げ男は、今日は卵焼きを素手で盗んだ。
「千歳さんみたいな人種は、違うルールに生きてるわけよ。自分の力で何かを作って、多くの人に評価されて、それでも自分なりの目標を追いかけていくわけよ」
俺は、唐揚げ男の話の意味が分からなかった。ただ彼女が、絶対に工場にだけは就職しなかったのを思い出した。俺と一緒に働けようと、あの世界は耐えられないとかなんとか。
「今野さんもさ、自分の唐揚げの価値が分かったら千歳さん側に行けるよ」
じゃあね、と唐揚げ男は去っていった。俺はほとんど減っていない弁当を、無理やり口に押し込む。悲しいというよりも、悔しい味が広がった。
あれだけ唐揚げ男に言われても、俺は画面の向こうは行けない。
俺の常識にあの世界はない。俺は、機械のように淡々と生きる道しか知らない。
彼女のように、素直に評価を喜べないから。努力し続ける自信がないから。
『普通』じゃないことが、怖いから。
俺には何も響かない 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki
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