第6膳 祝福をふたりに

 早馬そうまたちのタムロする廊下を走り抜け、どこへともなく走り続け。

 たどり着いたのは屋上への登り階段――その封鎖されたドアの前。


「ふぇっ!? あの、あの――!」


 ぜぇはぁと息を吐きながら北野さんと向かい合う。


「あの……どうして私まで?」


 彼女の的確なツッコみにハッとなる。


「ああ、あそこに北野さんをひとり置いていくのは……って思ってさ」

「――!」


 これは偽らざる気持ち。

 もちろん普通はそんなことをすれば、却って状況を悪化させるだけだ。

 二人で教室から逃げ出す――。

 それはつまり、俺たち二人の間に何かがあると認めたことに他ならない。


 でも分かってほしい!

 あの時、あの教室を満たしていた"毒"は間違いなく俺たち二人のようなタイプには致死的なものだったということを。


「ごめん」

「いえ――優しいんですね」


 しばし二人の間に流れる静寂――そして。

 ヴヴヴと震えるスマートフォン。


 <<慶喜よしのぶ?>>


 RINEメッセージの差出人は酒井 美鈴さかい みすず

 茶道部トリオの仲間であり、そして……以前から何かと縁があった幼馴染。


 逃亡劇の間に、すでに何通も送ってきていたらしい。


 <<大丈夫だよ、北野さんと教室戻ってきて>>

 <<女子のみんなでいつも話してたんだよ>>

 <<あの子がいつかオシャレしたら、こうなるのみんな分かってた>>

 <<あとはいつ、誰がきっかけになるんだろって、賭けまでしてたんだよ?>>


 ――もう一度北野さんの顔を見つめてみる。

 つややかな黒髪、整った輪郭……ああ、なぜコレに気付かなかったのだろう。

 俺も、そして他の男子も。


 <<それでね>>


 既読がついたのを確認したのを確認したのだろう。

 続くメッセージが次々と送られてくる。


 <<その男の子が。北野さんが選んだのが慶喜で良かったと思う>>

 <<幼馴染としてすごく誇らしいよ>>

 <<クラスのみんなも祝福モードみたいだから>>

 <<だから、絶対にごまかしたりはしないこと!>>


 ――そう、だな。彼女が言うならその通りなのだろう。

 下手に取りつくろうと状況が悪化するパターンだ、これは。


 <<今度、ダブルデート行こうね!>>


「はは……」

慶喜よしのぶさん?」


 おいおい……。

 それにしても美鈴の言う通りなら、いきなりクラス公認カップルか。


『また一緒にごはん、食べてくれますか?』


 そう、俺たちは一緒にデートをする仲にはなったのかもしれない。

 ――でも、今後の交際について北野さん本人に認めてもらったわけじゃないんだぞ!


「慶喜さん……」


 こちらのほうを気遣う表情を浮かべている彼女にもスマホの画面を見せる。


「ごめん、退路もうなくなった」


 もっとも、よくよく考えてみれば、どうせいつか発覚する。

 外でデートを繰り返していれば嫌でもいつか、誰かに見られてしまうのだ。

 こうなるのは時間の問題だったかもしれない。

 このさい、許嫁のことさえクラスメイトに隠し通せれば良しとするか。


「あ、ああ、酒井さん、ですか。あの方でしたら――」


 彼女が取り出して一文打ち込んだ後、こちらに掲げてきたスマホ。

 その画面にも……。


 <<わたしの弟分、まだまだ色々子供っぽいけど、男にしてやってよ!>>

 <<わかりました>>


 美鈴のメッセージと……それに対する北野さんの返信。

 え、わかりました!?


「北野さん……?」

「大丈夫、自分が今、何を書いたのか分かっているつもりですから」


 いつものように、震えるような声。

 でも、その言葉の中には、そしてそれを告げた彼女の眼には確かに凛としたものが通っていた。

 うんと一つ、意を決したように頷いて階段に――。

 俺のすぐ隣に座り、肩をもたれかけてくる。


 彼女の髪から、漂ってくる優しく上品なシャンプーのいい匂い。

 そして、密着した体から彼女の温もりがダイレクトに伝わってくる。


「……こういうコト、ですよね?」

「……たぶん、そうなんだと思う」


 え、で、この後どうすればいい?

 産まれてこのかた女子と付き合った事のない俺にはよく分からない。


(ほら! こうガバっと肩をつかんで顔を近づけて――!)

 いやいや、そんな漫画みたいなこと、できるわけないだろ――。


 心のなかで葛藤しながら……いったいどれほどの間、北野さんの柔らかい体と触れあっていただろうか。

 気を抜くとすぐに気絶してしまいそう。

 隣から伝わってくる早い鼓動に呼吸をあわせ、どうにか意識を保つ。


(でも、嫌じゃないだろ?)

 ああ、できるならずっとこうしていたい!


「ごめんなさい、昨日からずっと気を遣わせてしまってばかりで……」

「え、いや、全然気にしてないよ」

「本当に……こんな私でも良ければ。その、これからもずっと……」


 キーンコーン!!


 ホームルーム三分前のベルにはっと現実に引き戻される俺たち。

 ここから教室まで走れば十分間に合うがあまり余裕はない。

 立ち上がった北野さんと顔を見合わせて――少しタイミングをずらしたほうがいいか?


「俺が先に行くよ!」

「お、お願いします」

「あとさ……これからもよろしく! 昨日来てくれた子が北野さんで、俺すごく嬉しかった!」


 北野さんの声をバックに、返事も聞かず走り出す!


(あーあ、食べそこなったな)


 下品な笑みを浮かべているであろうもう一人の自分にうんざりしながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

孤独な許嫁様は俺との甘口恋愛劇をご注文だそうです! ~究極グルメ高校生、至高のお姫様の心を満たす~ 泰山 @Tyzan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ