最終話・元に戻って味噌ラーメン

「パベルさん、もう行っちゃうんですか?」


「ああ、お嬢ちゃ……カンナには世話になったな。悪いけど母ちゃんと叔母さんにはよろしくな。」


「へへー、パベルさんが私のことを初めて名前だけで呼んでくれました。」


 パベルとカンナが笑い合う。ここはサウザンディ王国の王都にある関所の前。


「俺は自分の居場所を作ることにするよ。お袋も汐もいなくなって、親父は全魔族に謝罪しにどさ回りだ。俺だけ、やる事がねえ。」


「王都で仕事を探せば良いんじゃないですか? パベルさんは女王様の護衛にスカウトされたんですよね?」


「そうもいかねえよ、誰かを守るなんざ俺の性分じゃないさ。自分の道を突き進んでこその俺だ……。それに、王都はまだまだ魔族には住みづらい環境だからな、特に余所者の俺にはな。」


 パベルは背に荷物を背負い、カンナから視線を外す。彼女の視線の先には関所から続く長い街道があるのみ。彼女は、その先に自分の居場所があると信じて疑うことがない。


「そうですね、実際のところ私とお母さんも王都は住みづらいです。叔母さんが人間で良くしてくれるから何とかやってますけど。」


「まあ、そのうち何とかなるだろ? 現女王様は、その現状を良く理解してるからな。」


「……もう王都には来ないんですか?」


「そんな顔するなって、たまには遊びにくるぜ!?」


「パベルさんなら大歓迎です!!」


 二人は再び笑い合った。今度は腹の底から大声で、背にする関所の役人も二人の微笑ましい様子に笑みを零す。


 その時間が永遠に続くとは思わない。それでも刻一刻と別れの時が訪れることを拒否するかのように、二人は笑い合った。


 それでも二人は時間に終止符を打つことを決断する。


「さてと……、俺は行くぜ。元気でな。」


「はいです!! 絶対に遊びに来て下さい!!」


「パベルも酷いわね? 私には別れの挨拶をしてくれないの?」


 美しい声が響き渡る。パベルとカンナ、二人の耳に聞き覚えのある声が届いた。二人は

その声のする方を振り向くと彼女の姿を捉えた。


「ガイアのお嬢ちゃんじゃないか!! 全然姿を見せないと思ったら、唐突に姿を現したな!!」


「ふええ!? ガイアちゃん!!」


 二人の前に姿を現したのは一人の女神だった。彼女は羽を畳み、笑顔を振りまいている。


「ゼウスが異空間に閉じ込められてから天界も大変だったのよ!! 誰が次の絶対神になるとか、どうしてゼウスが消えたとか!! 私なんて、まるで容疑者扱いよ。事情聴取で延々と質問攻めよ……。」


「そりゃそうだよな。お嬢ちゃん、……やつれたな?」


「ガイアちゃん、ビール腹がへこんでる!!」


「私、もう天界に帰りたくないわ……。今日だって、他の神たちの目を盗んでここに来たのよ?」


「あ、相変わらずだな、お嬢ちゃんは……。で、今日は何か用事があって来たんだろ?」


 げっそりとした様子のガイアを心配しつつ、パベルは彼女に声をかける。


「そうそう!! ゼウスと一緒に別空間に行った汐の情報を伝えに来たのよ!!」


 ガイアの唐突な発言にパベルとカンナは目を見開いて驚いた様子を見せる。その二人の様子に、ガイアも同等の反応を示す。


「おい、その口ぶりだと汐は生きてるのか!?」


「そうなんですか!? ガイアちゃん、詳しく聞かせて!!」


「きゃあっ!! 二人とも、お願いだから詰め寄らないで!! 詰め寄られるのは事情聴取の時だけで充分なのよ!!」


「お、おお。何か、すまねえ……。」


「ガイアちゃん、詰め寄られることに拒絶反応示しちゃってる……。」


「はあ……、私も付いてきて正解でした。」


 ガイアの予想を上回る拒絶反応に顔を引き攣らせるパベルとカンナ。その二人に、穏やかな声の主が話しかける。その声は三人の頭上から聞こえてきた。


 声の正体はマザードラゴンだった。


 マザーはゆっくりと頭上から降下を始め、地上に降り立つと、その羽を仕舞い、三人にゆっくりと静かに視線を向けた。


「お、お前はマザーじゃねえか!! マザーって、汐と一緒に異空間の中に入ったんじゃなかったのか?」


「ええ!? と言うことは汐さんも生きて、こっちの世界に戻って来れたんですか!?」


「はあっはあ……ああああああ。ごめんマザー、私ギブアップだわ。後の説明はお願いしても良いかしら?」


 パベルとカンナに解放されたガイアは、先ほど以上にげっそりとした様子で地面に突っ伏しながらマザーに説明を託す。そのガイアの様子にマザーは小さくため息を吐くも、静かに口を開いていく。


「まず汐は生きています。それは間違いありません、保証します。」


 マザーの言葉にパベルとカンナは、その顔に満面の笑みを浮かばせる。


「マジかよ!? 汐ってゼウスの大量破壊兵器みたいなスキルを直接喰らったんだろ!? て言うか、マザーも一緒に異空間に入ったって聞いたから三人とも……。」


「正確にはゼウスを異空間に閉じ込めてから彼がスキルを使う直前に、ゼウスだけを異空間に残して再び汐を転移させました。転移魔法の連続使用は本当に骨が折れた。」


「じゃ、じゃあ!! 汐さんはどこにいるんですか!? マザー、教えて下さい!!」


「カンナ、汐は帰ったのです。」


 パベルとカンナはマザーに説明の続きを要求するも、その肝心のマザーは口をつぐみ、そこから先を話そうとしない。マザーのその様子を見て詰め寄りながら猛抗議を始めるパベルとカンナ。


 その二人の後ろからガイアが静かに柔らかな笑顔で答えを口にした。


「汐はもとの世界に帰ったわ。今頃は日本でラーメン屋のバイトをしている時間じゃないかしら。」


 ガイアの言葉を皮切りに喜びを爆発させるパベルとカンナ、そして二人の輪に飛び込むガイア。そして、その三人の様子に再びマザーがため息を吐く。


 異空間から、再び元の世界に戻った丸木 汐。彼は、このサウザンディ王国で成し遂げた記憶を胸に抱きながら再び日本で味噌ラーメンの調理を続けている。


 元の世界に戻ったことで融合したはずのマザーと強制的に分離した彼だったが、その記憶は忘れることは無かった。


 いつの日か再び、この世界のどこかに訪れる日がやってくることを信じて丸木家の家庭を一人で支えていくことになる。


 彼が再び、この地に足を踏み日はそう遠くない。


 今は最悪の敵を倒し、穏やかな日常を堪能する彼をそっとしておくとしよう。彼は魔族の子孫、日本にいてはいけない存在であることは変わらない。


 彼が再び故郷を追放されるその日まで、悔いを残さぬように家族との時間を大切にしている真っ只中である。


ー 完 ー

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異世界へ追放された俺は魔王討伐を目指す『隔世遺伝による魔族の子孫』 〜追放先で『防御力1』の紙装甲女神の唇に舌をねじ込んだ結果、彼女と契約しちゃいました〜 こまつなおと @bbs3104bSb3838

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