第94話・対元凶⑧【Mother】
ゼウスの体が固い。俺が、どれだけ槍で突こうが斬りかかろうが傷を負わせられない。
先ほどから影を縛り、麻痺効果を付与し続けながら槍を振り続けているのだから。ダメージは蓄積しているはずだ。にも関わらず俺は決定打を打ち込めない。
スピードも攻撃も通用する。俺の攻撃が当たるたびにゼウスの表情が歪むのだから。だが、何故か切り傷を付けられないんだ。
斬っても無駄、突いても無駄。俺はゼウスに致命傷を与えられずにいる。俺はどうするべきか?
「焦っているな、丸木 汐。」
「……俺がお前を圧倒しているんだ。焦る理由がない。」
(汐、あなたがゼウスに傷を与えられない理由は単純なものです。)
マザーが俺の不安に気付いたらしく、俺に話しかけてくる。
(どう言うことだ?)
(あなたの属性は光。そして、その属性の源は武器。あなたは武器から直接属性の恩恵を受けています。)
(もしかして、いや、もしかしなくてもゼウスは神だから属性が光なのか?)
(そう言うことです。光属性に有効な属性は闇。同属性同士の戦いは、属性の力が強い方が有利。)
(つまり俺はゼウスよりも属性の力が弱いから傷を負わせらなないんだな?)
(その通りです。汐のパーティで闇属性はパベルのみ。事実、彼女は力を抑制した状態のゼウスとは言え、圧倒していました。)
光と闇は互いを食い合う関係性、短期決戦は不可避。
思い当たる節はある。マザーの言う通りパベルはゼウスにダメージを与えていた。如何にキョニュースキー戦でゼウスのスキルに類するアイテムと対峙した経験があるとは言え、だ。
魔王は魔族が神のなり損ない、と評していた。その魔族が神に対抗する力に特化した存在とは、何とも皮肉なものだ。
そして俺は魔族の子孫にも関わらず無属性、これもまた皮肉か。
(マザーの属性は?)
(光です。ですが残念ながら私の属性をあなたに付与してもゼウスには敵いません。そこは絶対神と言うべきか。)
マザーは申し訳なさそうに俺に語りかけてくる。そんな申し訳なさそうな声色で語りかけるなよ。
俺は、すでにマザーに助けられているのだから。その力を持ってしてもゼウスに属性の力で敵わないのであれば、答えは簡単だ。
「だったら、こうすれば良いだけだろ!! ぐあああああああ!!」
俺は握りしめた武器を全てかなぐり捨てて、拳をゼウスに叩きつけた。俺自身の本来の属性、無属性になるためだ。
初動でゼウスの頬に右の拳を放り込み、続けて左の脇腹に蹴りを見舞う。
そこからは俺も記憶が定かではない。何十発、何百発と敵に目掛けて拳を放ち続けた。
動けない敵を一方的に叩く姿は見栄えの良いものではない。それでも俺は拳を放ち続けた。ゼウスが口を動かせないように攻撃を顔面に集中させる。
如何に麻痺効果を付与していても相手は絶対神、完全に動きを止めることは困難だ。集中しすぎて防御されないように適度に的を散らす。
俺の頭はシンプルな攻撃方法とは裏腹に複雑な思考が張り巡らされていた。一方的にゼウスを殴り続けるも、不安は払拭されない。
それはゼウスの目が死んでいないから。こいつは今、何を思って魔族の俺に殴られ続けてるんだ?
不安? 屈辱? 苦痛? どれも違う。思考は疲れを生む。考えながらの戦闘は思った以上に俺に疲労を与えていた。
呼吸が苦しい、俺の脳は酸素が欠如し始めていた。
(汐!! 渾身の一撃をゼウスに!! トドメを刺しなさい!!)
(分かってる!! そろそろ俺も限界なんだよ!! これで終わらせてやる!!)
俺は風魔法の『ウィンドスラッシュ』を固定した拳を振りかぶり、ゼウスの心臓を目掛けて全力の突きを放った。
「うおああああああ!! ゼウス、これでお終いだ!!」
「んっ!! ……ぐうううううう!!」
俺の全力の突きにゼウスが血反吐を吐きながら苦しみ出す。終わったのか?
俺はゼウスを倒せたのか!?
疑心暗鬼に陥り、俺は一歩下がってゼウスを観察する。ゼウスは項垂れるだけでピクリとも動かない。
俺とマザーの時間が停止する。ゼウスが次に取る動き次第で俺たちは……。
そう思った矢先、ゼウスが顔を上げて俺に視線を向けてきた。
悔しい、俺の拳はゼウスの実力に届かなかったんだ。
「中々面白い趣向だった。神を一方的に殴りつける所業、死を持って償って貰うぞ?」
ゼウスは不敵な笑みを浮かべながら、手を俺の首に伸ばしてきた。酸欠状態の俺は、当然身動きが取れずにゼウスに首を締め上げられることになる。
そのせいからか俺はスキルが全く使えない。
俺の首を締め上げる手を掲げて、その俺の顔をゼウスは下から覗き込んでくる。
「ぐっ!! がああああ……、ゼウス!!」
「ふはははは!! 面白い、お前はまだ俺に抵抗をするのか? この、どうしようもない状況で?」
「ふっぐ!! ……俺がお前を倒さないと魔王も、パベルも、カンナも……ガイアも殺されるんだ!! 諦める理由なんてない!!」
「ははは!! 俺は絶対神だ、俺が世界の法だ。誰も俺に逆らえない、逆らったものには屈辱と死を与える!! お前も仲間を殺されると言う屈辱を抱きながら逝け!!」
この神は心底狂っている。俺を一瞬で殺せるだけのスキルを所持しているはずなのに。俺に絶望感を植え付けるためだけに、今の今までスキルを使って来なかったんだ。
こんな男に……俺は負けたくない!!
抵抗するも俺はゼウスの手を振り解けない。俺がジタバタと抵抗するたびにゼウスの笑みが深く澱んでいく。俺が無駄な抵抗をしているとでも思っているのか?
(マザー!! 準備は整ったか!?)
(もう少しだけ時間を稼いで下さい!! この魔法は本当に骨が折れるのです!!)
(早くしてくれ!! じゃないとゼウスが『アイギス』のスキルを使ってしまう!!)
「丸木 汐、俺がこれから使うスキルを教えてやろう。お前は、それを知っている節があった故に、不要かも知れんがな。『アイギス』、この国の王家に同じ効果を齎すアイテムがあったはずだが、俺のスキルは便利だぞ?」
「ふぐううううう!!」
「ふはは!! 俺のスキルの有効範囲は3m。王家のアイテムの方が有効範囲50mと広範囲だが、俺のスキルはその3mに威力の全てが集約されているんだ。つまり俺がスキルを発動した瞬間にお前を投げ捨てれば良い。俺はお前が木っ端微塵になる瞬間を目の前で見学できる。」
マザーの説明の通りだ。そして、その威力は3m圏内に入ればゼウス自身もダメージを負うレベルだと言う。
俺は事前にマザーと脳内で打ち合わせをしていたんだ。ゼウスが『アイギス』のスキルを使用する瞬間に俺とゼウスが離れることのできない状態をマザーが魔法で作り出すと。
そして、その魔法とは。
「ゼウスうううう!!」
「いい加減見苦しいぞ? 丸木 汐、使えない男だった。……『アイギス』発動だ。」
ゼウスが俺を放り投げた。そして、その瞬間スキルの発動を宣言した。
マザー、今だ!!
(お待たせしました。行きますよ、……『転移魔法』発動です。)
(待ってたよ、マザー。)
(汐、あなたを巻き添えにすることを許して下さい。)
マザーが使用した魔法は転移魔法、対象者を別の空間や世界に転移させる魔法だ。
魔法の発動と同時に俺とゼウスの前に別空間への扉が現れた。その扉が俺たち二人を吸い込んでいく。
「うおあああああああ!? これは……マザーの転移魔法か!? 貴様、丸木 汐!! 俺を道連れにしようと言うのか!?」
「ゼウス、俺はケチなんだよ。俺の命の価値をコケにされてたまるか。俺の命をチップにお前にも死んでもらう!!」
ゼウスは別空間への扉に吸い込まれないように抵抗を始める。腰を深く落とし、踏ん張りを効かせている。だが無駄だ。
お前は俺を放り投げた。俺の脳に酸素が完全に行き渡ったんだ。これで俺はスキルを使う事ができる。
「なっ!? 俺の体が動かないだと!? これは……、お前か、丸木 汐!!」
「そうだ。俺がお前の影を縛ったんだ。この先はマザーが特別に作ってくれた一辺3mのこじんまりとした空間だ。一緒に行こう、そして共に死のう。二人で死ねば寂しくないから。」
「ふざけるなああああああああ!! 俺は神だ!! 絶対神・ゼウスだ!! 俺は絶対に死んではならない存在なんだよ!!」
俺はゼウスをあやす様に声をかけた。そのゼウスは断末魔の如く雄叫びを上げながら別空間に吸い込まれていく。
俺はゼウスを倒したんだ。
父の無念を、母の決意を、妹の悔しさを、そして親友の屈辱を。俺は全てにケリを付ける事ができたんだ。
これほどの達成感はない。ゼウスの雄叫びが聞こえるも、嘘のように俺の心は至福に満ち溢れていた。
(汐、結果的にあなたを私の復讐に巻き込んでしまいました。)
マザーの声が俺の頭に響き渡る。マザーの声は、どこまでも優しい声だった。まるで俺が孤独を感じないよう、あやす様な。疲れないよう、気遣う様な。
マザードラゴン、冠する名前に嘘偽りのない存在、温もりを感じて俺はゆっくりと目を閉じた。
(気にするな。俺が自ら望んだことだ。俺もマザーに行ったはずだ。俺が誰と戦うのは仲間のためだと。寧ろ俺がマザーを利用したんだ。)
(感謝します。では、せめて私があなたに祝福を……。)
俺の意識はマザーの優しい声に包まれながら消滅した。
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